スポーツナビ 杉浦大介
2008/04/11
松井秀「5番」は適所か
MLBニューヨーク通信vol.2
MLBニューヨーク通信vol.2
5番起用に結果を出し続けている松井
開幕直後のヤンキースのホーム連戦中のこと――。
クラブハウス内で伝説的OBのヨギ・ベラを見かけたので、さっそく駆け寄ってコメントを求めてみた。終幕間際のヤンキー・スタジアムなどについて尋ねても意味不明の回答ではぐらかされ、うわさ通りの“ヨギイズム”で見事にこちらを煙に巻いてくれたが、しかしそんなヨギが唯一明確に答えてくれたのが松井秀喜への印象だった。
「松井は本当にいい選手だね。私は彼が大好きだよ!」
今季はレギュラーが保証されず、立場が微妙だった松井。しかし、開幕後第1週が終わるころには、早くもニューヨークの誰もがヨギ・ベラの言葉に同意していたようにも思える。序盤戦は意外な不振に悩むヤンキース打線にあって、松井は最初の9試合を終えた時点で本塁打、打点ともにチーム1位、打率でもボビー・アブレイユと並んで首位タイ。さほど目を引く数字ではないながら、4月10日(現地時間)のロイヤルズ戦開始前の時点では打撃3部門すべてでチーム内トップだった。
また、昨季は得点圏打率2割4分7厘とチャンスで低調だったが、6日のレイズ戦では走者をニ塁に置いて決勝本塁打とクラッチ復活もアピール。10試合を消化し、ヤンキースは5勝5敗と煮え切らない戦いぶりだが、もし松井の働きがなかったらチーム成績はもっと下降していたかもしれない。
そして、この好調ぶりに比例して、8番でスタートした打順も5番まで浮上。ジョー・ジラルディ監督は「状態がいい松井を上げるのがベストだという結論になった。4番の(アレックス・)ロドリゲスをバックアップしてほしい」と語り、6日に打順を変更して以来、5番で起用し続けている。
松井本人は「打順は関係ない」と強調しているが、野球人生を通じてスラッガーであり続けた選手なら上位を打ちたいに決まっている。主力のけがや不振に押し出されての昇格の感もあるが、一方で新体制のチーム内で実力が改めて評価された部分もあるはず。
「レギュラー争い」→「8番スタート」→「クリーンアップの一角へ」と、キャンプから開幕直後にかけて、松井は松井らしい着実さで徐々にステップアップしていったのだ。
安定感は変わらず
しかし、松井の打順に関しては依然として疑問も残る。昨季3割を打ったホルヘ・ポサダ、よりパワーのあるジェイソン・ジアンビーらが不振から脱したとき、松井は何番を打つのがベストなのだろうか? スターぞろいのヤンキース打線の中でも現在のように5番のままでいいのか、あるいはさらに下位?
もう2、3年も前の話だが、『ブロンクス・タイムズ』紙のコラムニスト、アル・コクラン氏が「松井は理想的な5番打者」と評したことがある。本人にその理由を問うと、「走者が三塁にいる場面でホームにかえす打撃がうまい」「左を苦にしない」「安定感がある」「不調時でも簡単には凡退しない」といった答えが返って来た。けがの影響や衰えがうわさされた今季も、コクラン氏が挙げたような松井の長所は決して変わったようには見えない。
開幕前日にはジラルディ監督も「ことしも松井らしい数字(マツイ・タイプ・ナンバー)を確実にたたき出してくれるだろう」と語っていたように、安定感のある打点マシンぶりはいまだお墨付き。爆発力ではやや見劣りしても、出塁率の高いアブレイユ、勝負を避けられることも多いロドリゲスの後を打つには、松井は適任といえる打者なのかもしれない。
若手とベテランのはざまで
ただその一方で、つい先日『MLB.COM』のアンソニー・ディコモ記者と雑談を交わしていたとき、ヤンキースの打順に話題が移ると彼はこう語っていた。
「今季序盤戦ではジョニー・デーモンやジアンビーより松井の方が体のキレが良く、貢献度ははるかに上質だった。とりあえず現時点では好調のアブレイユ、A・ロッド、松井で3〜5番を組むのがベストだろう。だが、だからと言って、不確定要素が非常に多い今季のヤンキースの場合、打線がきっちりと固定されることはしばらくはないんじゃないかな。ジラルディはフレキシブルな策を好む監督のようだし、今後も試行錯誤は続くはずだ」
確かに、若手はまだブレーク前、一方で多くのベテランが黄昏期に突入したヤンキースは、現在はいわば「過渡期」にある。そのため、ジラルディ監督は最善の打順、起用法を常に模索している感がある。
投手陣は今後も若手投手3本柱の登板イニング数を制限し、慎重なやりくりを余儀なくされるはず。そして打撃陣も、高齢化した主力の体調やバッティングの調子を見ながら、スクランブル体勢で臨むことになるだろう。故障さえない限り2〜4番は固定されたままだろうが、残りは流動的となっていくに違いない。ジアンビー、松井、ポサダらの中で調子の良い者がロドリゲスの保護役として5番に据えられる。あるいは打撃センスではチーム一とも言えるロビンソン・カノが完全開花した場合には、5番を任せる可能性もあるかもしれない。
松井の打順に関する結論も、今季はシンプル。現在のような体調を保ち、打撃好調を保てば、かつて「適所」と評された5番に座り続ける。しかし、当たりが止まれば、再び8番に戻ることもあるのだろう。
松井とヤンキースにとって試練の、そして実にやりがいのあるシーズンはまだまだ続く。これから先も印象的な活躍を続けて、取り戻した評価を保てるか。老雄ヨギ・ベラをほほ笑ませ続けることができるか。飛行機は上昇気流に乗ることで水平を保てるというが、松井もさらにいい流れに乗って、上位打順をキープし続けてほしいものである。
開幕直後のヤンキースのホーム連戦中のこと――。
クラブハウス内で伝説的OBのヨギ・ベラを見かけたので、さっそく駆け寄ってコメントを求めてみた。終幕間際のヤンキー・スタジアムなどについて尋ねても意味不明の回答ではぐらかされ、うわさ通りの“ヨギイズム”で見事にこちらを煙に巻いてくれたが、しかしそんなヨギが唯一明確に答えてくれたのが松井秀喜への印象だった。
「松井は本当にいい選手だね。私は彼が大好きだよ!」
今季はレギュラーが保証されず、立場が微妙だった松井。しかし、開幕後第1週が終わるころには、早くもニューヨークの誰もがヨギ・ベラの言葉に同意していたようにも思える。序盤戦は意外な不振に悩むヤンキース打線にあって、松井は最初の9試合を終えた時点で本塁打、打点ともにチーム1位、打率でもボビー・アブレイユと並んで首位タイ。さほど目を引く数字ではないながら、4月10日(現地時間)のロイヤルズ戦開始前の時点では打撃3部門すべてでチーム内トップだった。
また、昨季は得点圏打率2割4分7厘とチャンスで低調だったが、6日のレイズ戦では走者をニ塁に置いて決勝本塁打とクラッチ復活もアピール。10試合を消化し、ヤンキースは5勝5敗と煮え切らない戦いぶりだが、もし松井の働きがなかったらチーム成績はもっと下降していたかもしれない。
そして、この好調ぶりに比例して、8番でスタートした打順も5番まで浮上。ジョー・ジラルディ監督は「状態がいい松井を上げるのがベストだという結論になった。4番の(アレックス・)ロドリゲスをバックアップしてほしい」と語り、6日に打順を変更して以来、5番で起用し続けている。
松井本人は「打順は関係ない」と強調しているが、野球人生を通じてスラッガーであり続けた選手なら上位を打ちたいに決まっている。主力のけがや不振に押し出されての昇格の感もあるが、一方で新体制のチーム内で実力が改めて評価された部分もあるはず。
「レギュラー争い」→「8番スタート」→「クリーンアップの一角へ」と、キャンプから開幕直後にかけて、松井は松井らしい着実さで徐々にステップアップしていったのだ。
安定感は変わらず
しかし、松井の打順に関しては依然として疑問も残る。昨季3割を打ったホルヘ・ポサダ、よりパワーのあるジェイソン・ジアンビーらが不振から脱したとき、松井は何番を打つのがベストなのだろうか? スターぞろいのヤンキース打線の中でも現在のように5番のままでいいのか、あるいはさらに下位?
もう2、3年も前の話だが、『ブロンクス・タイムズ』紙のコラムニスト、アル・コクラン氏が「松井は理想的な5番打者」と評したことがある。本人にその理由を問うと、「走者が三塁にいる場面でホームにかえす打撃がうまい」「左を苦にしない」「安定感がある」「不調時でも簡単には凡退しない」といった答えが返って来た。けがの影響や衰えがうわさされた今季も、コクラン氏が挙げたような松井の長所は決して変わったようには見えない。
開幕前日にはジラルディ監督も「ことしも松井らしい数字(マツイ・タイプ・ナンバー)を確実にたたき出してくれるだろう」と語っていたように、安定感のある打点マシンぶりはいまだお墨付き。爆発力ではやや見劣りしても、出塁率の高いアブレイユ、勝負を避けられることも多いロドリゲスの後を打つには、松井は適任といえる打者なのかもしれない。
若手とベテランのはざまで
ただその一方で、つい先日『MLB.COM』のアンソニー・ディコモ記者と雑談を交わしていたとき、ヤンキースの打順に話題が移ると彼はこう語っていた。
「今季序盤戦ではジョニー・デーモンやジアンビーより松井の方が体のキレが良く、貢献度ははるかに上質だった。とりあえず現時点では好調のアブレイユ、A・ロッド、松井で3〜5番を組むのがベストだろう。だが、だからと言って、不確定要素が非常に多い今季のヤンキースの場合、打線がきっちりと固定されることはしばらくはないんじゃないかな。ジラルディはフレキシブルな策を好む監督のようだし、今後も試行錯誤は続くはずだ」
確かに、若手はまだブレーク前、一方で多くのベテランが黄昏期に突入したヤンキースは、現在はいわば「過渡期」にある。そのため、ジラルディ監督は最善の打順、起用法を常に模索している感がある。
投手陣は今後も若手投手3本柱の登板イニング数を制限し、慎重なやりくりを余儀なくされるはず。そして打撃陣も、高齢化した主力の体調やバッティングの調子を見ながら、スクランブル体勢で臨むことになるだろう。故障さえない限り2〜4番は固定されたままだろうが、残りは流動的となっていくに違いない。ジアンビー、松井、ポサダらの中で調子の良い者がロドリゲスの保護役として5番に据えられる。あるいは打撃センスではチーム一とも言えるロビンソン・カノが完全開花した場合には、5番を任せる可能性もあるかもしれない。
松井の打順に関する結論も、今季はシンプル。現在のような体調を保ち、打撃好調を保てば、かつて「適所」と評された5番に座り続ける。しかし、当たりが止まれば、再び8番に戻ることもあるのだろう。
松井とヤンキースにとって試練の、そして実にやりがいのあるシーズンはまだまだ続く。これから先も印象的な活躍を続けて、取り戻した評価を保てるか。老雄ヨギ・ベラをほほ笑ませ続けることができるか。飛行機は上昇気流に乗ることで水平を保てるというが、松井もさらにいい流れに乗って、上位打順をキープし続けてほしいものである。