Matsui's Space 松井秀喜ファンサイト

Columnコラム

スポーツナビ 上田龍 2008/05/20
松井秀喜の姿と重なるポール・モリター 異色のDH“The Ignitor”
孤軍奮闘を続ける「DH・松井秀喜」

 アレックス・ロドリゲス(A・ロッド)、ホルヘ・ポサダの故障者リスト入り、期待された若手先発投手陣の不振などで、ヤンキースがペナントレース脱落の危機に直面している。5月15日(現地時間)にアメリカンリーグ東地区で単独最下位に転落してからは、19日現在までに3連敗を喫し、首位レッドソックスとのゲーム差は「6.5」にまで広がった。

 そんなチームにあって、春季キャンプの段階ではレギュラー確保さえ危ういといわれていた松井秀喜の活躍は、ファンにとっても唯一の救いだろう。5月18日のメッツ戦でも2ランを放つなど、41試合で打率3割4厘、6本塁打、20打点、チームトップの出塁率3割8分3厘と長打率4割7分3厘をマークしている。A・ロッドの欠場後務めている4番のスポットでも打率3割1分6厘、2本塁打、7打点。出場ポジション別では、指名打者(DH)で打率3割1分9厘、4本塁打、15打点。外野では2割9分1厘、2本塁打、5打点と、古傷であるひざの故障を気にせずにすむDHのメリットを十分に生かしている格好だ。ただし、今季はセンターから左方向への打球も目立つ松井は、DH中心の選手としては決してホームランが多いとはいえない印象もある。

 アメリカンリーグが投高打低現象の解消と観客動員増を目的に、DH制度を採用したのは1973年のことで、ことしはちょうど35周年にあたる。同年4月6日、記念すべきDH第1号として打席に立ったのは、松井にとってチームの先輩でもあるロン・ブルームバーグ(ヤンキース)で、初打席の結果は四球だった。
 ア・リーグの目論見どおり、前年リーグ全体で1割4分6厘だった投手の打率は、全指名打者の打率2割5分7厘と劇的に向上した。以後35年の間、メジャーにおけるDHといえば、現在史上最強DHの座を争うデービッド・オルティーズ(レッドソックス)、トラビス・ハフナー(インディアンス)など、一発長打の魅力を秘めた長距離砲のイメージが強く、松井はむしろ「異色」ともいえる。ただし、DHの歴史においては、現在の松井とオーバーラップする活躍を見せた選手も存在した。ブルワーズ、ブルージェイズ、ツインズで活躍し、通算3319安打(史上8位)、打率3割6厘の堂々たる実績を残したポール・モリターである。

打線の火付け役として活躍したモリター

 77年に全米3位でブルワーズに指名されたモリターは、翌年には早くもメジャー昇格を果たしてレギュラーを獲得。82年には201安打、打率3割2厘、19本塁打、リーグトップの136得点でチームのリーグ優勝に大きく貢献した。しかし持ち前のハッスルプレーはしばしば故障を誘発し、80年から欠場が目立つようになると、84年にはひじの手術を受け13試合の出場にとどまっている。

 故障防止のためDHでの出場機会が増えた87年、モリターはリーグ2位の打率3割5分3厘、41二塁打、114得点(ともにリーグ1位)と見事な復活を遂げ、8月には39試合連続安打を達成している。連続試合安打が途切れたときも、9回裏に次打者席で最後の打席が回るのを待っていたが、彼の前を打っていたリック・マニングがサヨナラヒットを放って試合終了となってしまい記録が途切れた。マニングは殊勲打を放ちながら地元ファンの大ブーイングを浴びる羽目となった。

 82年のシリーズ第1戦で史上唯一の1試合5安打を放ち、ブルージェイズ時代の93年にはシリーズMVPを獲得するなど、2度出場したワールドシリーズでは通算55打数23安打。大舞台にも強かったモリターだが、年間最多本塁打は93年の22本で、これが唯一の20本台以上だった。“The Ignitor”(点火装置)のニックネームが示すように、強力打線の火付け役となるリードオフマンや三番打者としての役割が多く、DHとしてはまさに異色のタイプであった。故郷ミネソタに本拠地を置くツインズに移籍した96年には、9本塁打ながら、22本塁打を放った93年の111を上回る自己最多の113打点を記録している。

A・ロッド復帰後の松井に期待すること

 2004年には資格初年度で殿堂入りを果たしたが、他に通算打率3割、3000本安打、500盗塁以上を記録している殿堂入り野球人はタイ・カッブ(タイガース)をはじめとする3人だけで、さらに200本塁打以上を残したのはモリターただひとりである。通算2683試合の44パーセントがDHとしての出場で、現在殿堂入り野球人のポジション別カテゴリーでは、唯一「指名打者」に分類されている。

 ブルワーズとブルージェイズの強力打線にあって、文字通り「点」を「線」につなげる導火線の役割を果たしてきたモリター。A・ロッドやポサダがラインナップに戻った後のヤンキース打線において、松井がモリターとは違ったスタイルでの“The Ignitor”の役割を果たせば、チームは再び熾烈(しれつ)な地区優勝争いに復帰することがかなうはずだ。
スポーツナビ 杉浦大介 2008/05/03
松井秀がトレード候補に? 他チームが欲しがる安定した打撃
MLBニューヨーク通信vol.4
スタートダッシュにつまずいたヤンキース

 2008シーズン序盤、ヤンキースが苦しんでいる。2日(現地時間)のマリナーズ戦では相手のエラー連発に助けられた形で勝ったが、前日まではタイガースに3連敗。借金もまだ「1」。かみ合わない投打に、そろそろ不安を感じ始めたファンも多いはずだ。
 若手に依存した投手陣と、衰えが目立つベテランが多い打線。このアンバランスな戦力では、もともと高レベルなア・リーグ内で苦しむのは必然だった。主力にここまでけが人が続出することはさすがに予想外だったが、現時点の順位や成績に関してはそれほど驚くべきではないのかもしれない。

「何があろうと笑顔を浮かべて球場に来る。そして勝利を願う。けが人続出や不振はこの業界では珍しいことではないからね」

 2日の試合前、ジョー・ジラルディ監督はそう語り、ポジティブな姿勢を保つことの大切さを強調していた。しかし、その言葉とは裏腹に、最近はこの若き新監督もメディアに対して声を荒らげる姿も見られるようになってきた。いわゆる「再建体制」の最中にあるのだから、勝てなくても仕方ない。それでも、フロント、ファン、マスコミがこのチームに常に優勝争いを期待する点は変わっていない。まだ完全パニックモードにこそ突入してはいないが、思うようにいかない状況に、ヤンキースの周囲には少しずつひずみが生じ始めていると言っていい。

最も安定した打撃を続ける松井

 だが、そんな苦しむヤンキースの中で、ただ1人開幕から安定した打撃を続けている選手がいる。松井秀喜である。マリナーズ戦でも、松井は難敵エリック・ベダード投手から初回にタイムリーヒットを放った。これで連続試合安打を「12」まで伸ばし、打率は開幕直後から通じて3割以上。アレックス・ロドリゲス離脱後は4番の座を任されることもたびたびだ。
「過去数年を振り返っても、特にランナーを置いた場面で松井はヤンキース内で最もコンスタントな打者だった。その長所は今季もまったく変わっていない。走者を返すコツを知り抜いた彼なら、4番の座を任せても立派に務め上げられると思うよ」
 ESPNラジオのラリー・ハーデスティ記者もそう語り、松井の安定感と勝負強さを絶賛していた。
 ジラルディが打順にこだわらない監督であることは承知の上。だがそれでもAロッド不在のいま、チーム内でただひとり好調の松井が4番に固定されないのが少々不思議なくらいだ。そしてオフにはトレードの話すらあったことなどは、いまとなってはもうはるか遠い昔のことのように思える。

松井秀がトレードの候補に挙がる可能性

 ただ、その一方で、トレードについて考えた場合、松井の「市場価値」は今季が進むにつれてさらに上がっているとも言えるのかもしれない。昨オフにヒザの手術を受けコンディションが心配されたが、その後も安定した打撃を継続。前述したように勝負強さも健在だ。そんな復活・ゴジラを打線に加えたいと考えるチームは、リーグ内に数多く存在するはずだ。
 そして、ヤンキース側も、もしこのまま投手力不足による苦戦を続けた場合、ベテラン野手の誰かを放出して若手投手の補強を狙う可能性も出てくるだろう。だが、鈍重なジョニー・デーモン、ジェイソン・ジアンビー、ボビー・アブレイユらを引き取ろうと考えるチームがそれほど多いとは思えない。つまり、ヤンキースの中で有力なトレードの駒となれそうなのは、いまのところ好調な松井くらいなのである。だとすれば、今後、松井放出のうわさが再びメディアをにぎわせることになるのか……?

「松井のトレード? そんなのあるわけないよ。いま彼を出してしまったら、一体誰がチャンスに打つんだい? 将来を考えても、今シーズン終了後にはジアンビーが退団する。来季は松井がDHとして固定されるだろう。彼は来年まで通じての貴重な戦力さ」

 松井放出の可能性について『MLB.COM』のアンソニー・ディコモ記者に尋ねると、何を言っているんだとばかりに一笑に付されてしまった。

松井の好調維持がヤンキース浮上の条件

 もちろん現実的にはその通りなのだろう。いかに好投手を獲得できるほどの価値があるとは言っても、今季のヤンキースが積極的に松井のトレードに動くことは考え難い。まず、ヨハン・サンタナを見送ってまで現在抱える若手投手の育成にこだわったブライアン・キャッシュマンGMの意地もある。これから先も、フィル・ヒューズ、イアン・ケネディらの開花を辛抱強く待ち、それがならなかった場合は、とりあえずダレル・ラスナー、井川慶の再生に賭けるはず。主力打者を出血しての補強策は、本当に最後の手段となるに違いない。

 だが、今後シーズン中に松井の移籍話が再燃するとすれば、それは他チームから熱烈に望まれたときだろう。かつて「トレード候補に名前が挙がるくらい活躍したい」と入団の席で語った選手がいたが、その言葉通り、メジャーでは移籍の候補に挙げられることはむしろ名誉と言える場合もある。過去最高のスタートダッシュを切った今季の松井は、今のところチームの迷走もどこ吹く風。この調子で、他チームからトレードのターゲットにされるくらいの勢いで打ち続けて欲しいものである。そして、それができるなら、必然的にチームの上昇にも貢献できているはず。7月の移籍期限を迎えるころには、本当にトレードになるよりも、徐々に調子を上げてプレーオフ戦線を狙うようになったヤンキースの主軸として確立されている可能性の方がはるかに高いのだろうから。