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Columnコラム

スポーツナビ 小野俊哉 2007/05/07
松井秀喜2000安打の進化論
金字塔を打ち立てた35人と比較

 ヤンキースの松井秀喜が現地時間6日、日米通算の2000安打を達成した。重ねた安打は、巨人時代の10年で1390安打、ヤンキース5年目で611安打。その打撃を、過去2000本を達成した日本人打者35人と比較すると、イチローの日米通算打率3割4分の高打率にはかなわないが、松井は3割打者の仲間入りをキープしている。日米通算3割2厘は、王貞治氏の3割1厘を抜き、35人中8位にランクされるのだ。

 さらに、特筆すべき点は出塁率。松井の通算出塁率4割1厘は、メジャー記録のシーズン262安打をマークしたイチローを上回り、王貞治氏(現ソフトバンク監督)、落合博満氏(現中日監督)に次ぐ3位に付ける。これは、打席全体に占める四球率の高さが要因だが、たぐいまれな長距離砲である証し、ということでもあるだろう。
(注釈:イチロー、松井を含めて打率3割打者は35人中10人。だが、出塁率の4割は王、落合、松井の3人しかいない)

「確実さ」追求のモデルチェンジ

 そこで代名詞の“本塁打”である。松井と言えば、安打や出塁より、やはりスタンドへ運ぶ豪快な一発だろう。巨人時代10年の332発の本塁打率13.77は、通算868本の世界記録を持つ王の10.66に次ぐ2位に相当。しかし、ヤンキース在籍のこれまで80本の本塁打については、実は中距離ヒッター並みの本塁打率25.75に落とし、代わって巨人時代の三振率2割4厘を1割4分4厘に改善。一発狙いよりチームに貢献する「確実さ」を選択するという、打撃のモデルチェンジをしているのである。

 その確実さとは打点のことだ。メジャー初年度2003年から05年まで、3年連続100打点を突破(巨人時代から数えると6年連続)。チームの中での本塁打数は3位以下だが、常に打点は2位か3位。ジョー・トーリ監督の信頼が厚いのも当然で、「ここでヒットが欲しいときに打つ。それが松井の打撃」との賛辞はおなじみのフレーズである。

40歳で3400安打、600発も可能?

 松井はメジャー初年度、5月22日付のニューヨーク・タイムズ誌に「グラウンドボール・キング(内野ゴロキング)」と書かれた。日本のメディアも、やれ打球が上がらない、動くボールに対応できない、と散々に松井をいじめたものだ。結局、打撃進化の過程を誰も見抜けなかったことが証明された。

 さて、ことし6月に33歳を迎える松井だが、通算でどのくらいまで記録を伸ばせるか。本塁打に頼る打撃を続けていたなら、年齢とともにパワーが衰え実働年数は短くなるが、勝負強さを全面に押し出す今の打撃なら、40歳まで一線での活躍が期待できそうだ。故障知らずを前提にするなら、今シーズンを含めてあと8年。年平均180安打前後、20本塁打以上であの3000安打の張本勲氏を抜く3400安打、600本塁打が目標とは、話がうますぎるとも思わない。(記録は現地時間6日時点)
スポーツナビ 杉浦大介 2007/05/07
ヤンキース松井は“2000本安打”より“勝負強さ” 節目の記録も通過点に過ぎない
異例の形で生まれた節目の一打

 松井秀喜、日米通算2000本安打達成――。

 記録達成の瞬間は、6回の第3打席に訪れた。1死走者なしの場面で、松井はマリナーズの左腕ジャロッド・ワッシュバーンからレフトへ飛球を打ち上げた。日曜午後の日差しの助けを借りた打球は、レフト・イバネスのグラブの先に落下。一時はエラーと判定されたものの、次の回の守備中に安打に変更された。誰も想像できない形で、本人もファンも予期しなかった異例の形で、節目の一打は生まれたのである。

「きょうの2000本目が一番印象に残るでしょうね」

 不本意な当たりに自嘲(じちょう)気味に、おどけた口調でそう語った松井。しかし、試合後には金田正一名球会会長から「名球会」ブレザーを贈呈されて晴れやかな笑顔を見せた。また、ジョー・トーリ監督からも「2つの国で活躍できるのは注目すべきこと」とうれしい称賛の言葉があった。
 両国をまたにかけて高いレベルでのプレーを続け、ようやく達成できた見事な記録である。ややアンチクライマックスな形の到達でも、その価値が決して色あせることはない。

メジャーではそれほど特筆される記録ではない

 もっとも……。日本球界では金字塔の2000本安打も、実際メジャーではそれほど特筆される記録というわけではない。過去、MLBでは通算245人(6日現在)が通過している数字。特に松井の場合、メジャーで打ったのが611本しかないのだ。

 5月4日(現地時間)の試合前。フィールドからマリナーズの練習を眺めているとき、スタンド最前列のファンと軽く言葉を交わす機会があった。「マツイは素晴らしいプロフェッショナル・ヒッターだね!」と絶賛を繰り返す白人のファンに、逆にこちらから「彼はもうすぐ日米通算2000本安打だって知っている?」と尋ねると、「そうなのか?」と随分と驚いた顔をされてしまった。

 この記録に関して、アメリカでの一般的な反応はその程度だろう。翌日の新聞で小さな記事を目にし、そこで初めて松井のマイルストーンに気付く人も多いのではないだろうか。せっかくアメリカに来ているのだから、このコラムもメジャー標準で展開したい。ゴジラ松井、節目の2000本は確かに素晴らしい。だが、たどり着きたい場所はほかにもある。「ヤンキースの松井」という視点で見た場合、現時点では「日米2000本安打」よりも、この日の試合での「キープレーヤーとしての2安打」の方がはるかに大きな意味があるようにも思えるのだ。

クレメンスがヤンキース復帰を表明したが……

 この日の試合中、ロジャー・クレメンスがドラマチックな形でヤンキース復帰を表明した。だが、それを考慮に入れても、現在のヤンキースは多くの人が考えているよりはるかに危機的状態にあると思う。開幕から約1カ月が経ち、今季のアメリカンリーグの勢力地図はすでにかなり明白に見え始めている。

 首位を走るレッドソックスは、2位以下に5.5ゲーム差をつけて快走中。中でも、個人的には松坂大輔よりも大きな鍵を握ると考えていたジョシュ・ベケットが開幕6連勝。中継ぎに岡島秀樹という切り札が生まれたのも大きい。素質ではメジャー最高級のベケットをエースに、先発、中継ぎ、抑えと、セオ・エプスタインGMのもくろみ通りバランスの取れた投手陣がボストンに整いつつある。

 片やヤンキースの方は……。ここにきてようやく王建民、マイク・ムシーナ、アンディー・ペティットという先発投手3本柱がそろった。だが、この中で全盛期で、実績あるピッチャーは王のみ。そして、ことしで45歳を迎え、しかも、ナショナルリーグから3年ぶりに、圧倒的に打者有利のアメリカンリーグに戻って来たクレメンスに、「ディファレンスメーカー(大事な局面で勝負を分ける働きができる選手)」を期待するのは早計過ぎやしないか。ベースボールの鍵を握るのは、今も昔も常に投手力。その面で、今季の場合はレッドソックスとヤンキースの差は歴然に思えるのだ。

今季のハイライトが「2000本安打達成」になってほしくない

 となると今季のヤンキースは、松井を始めとする主力打者からこれまで以上の貢献が必要となってくるはず。「日米通算2000本安打を打った後のヒットの方が、内容は良かった」とトーリ監督が語った通り、2001安打目の打席でも、試合後のメディアとの応答でも、松井の表情からは節目を超えた安堵感が感じられた。だが、気を休めている暇はない。アレックス・ロドリゲスの一時の勢いはクールダウンし、ジョニー・デーモン、ボビー・アブレイユらの主力も出口の見えない不調が続いている。そんな今こそ、ヤンキースには勝負強い松井の存在がどうしても必要だ。

 ここまで打率2割6分9厘、2本塁打(6日現在)。故障の不運を考慮しても、絶対に納得できる数字ではないが、大切なのはこれから先。本格的な「ゴジラの季節」の到来を、日本人だけでなく多くのニューヨーカーが待っている。そして、これまで以上にそれを必要としている。力をつけたレッドソックスに引き離されないために、地区10連覇を成し遂げるために、その先にあるプレーオフを視界から逃さないために――。

 2007年5月6日。松井は日本の野球人にとって計り知れないほど大きな意味を持つマイルストーンに達した。だが、「ヤンキースの松井」にとっては通過点に過ぎない。そして王座奪回を目指すチームにとっても、それは同じである。松井の今季のハイライトが「日米通算2000本安打達成」になってほしくはない。勝負の秋を迎えたとき、この日の笑顔がより大きな意味を帯びてくるのだろうから。