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Columnコラム

スポーツナビ 奥田秀樹 2007/09/21
松井秀喜「打点の才能」 メジャー5年で4度目の100打点へ
新人の年から3年連続100打点

 松井秀喜の才能は走者をかえすことにある。
 1940年以降にメジャーデビューした選手の中で、新人の年から3年連続100打点を挙げたのはカージナルスのアルバート・プホルスと松井しかいない。
 そのプホルスは今年7年連続に近づきつつある。松井も昨年のけがの長期欠場(111試合欠場、打点29)さえなければ、今年で5年連続100打点を挙げていたことだろう。今季は21日現在(日本時間)で99打点を挙げ、100打点へあと「1」としている。

「無死か1死、走者三塁のケースで、ヤンキースで一番頼りになるのはマツイだ。確実に点を取ってくれる」
 とジョー・トーリ監督はいつも言う。
 いわゆる「イージーなラン(簡単な打点)」である。だがドン・マッティングリーベンチコーチはこう説明する。

「イージーと言うけど、それがなかなかできないのが野球なんだ。力が入ってついついポップフライやボテボテのゴロ、あるいは空振り三振に倒れてしまう。そして取れるときに取っておかなかったことで、試合の流れが悪い方に向いてしまう。ヒデキはこんなケースできっちり役目を果たす」

 いつもこう説明されるのだが、「だけどなあ」である。日本人にとっては「松井=ホームラン」、こういう場面で柵越えを期待してしまうからだ。マッティングリーは「野球ではホームランが脚光を浴びるけど、試合そのものは1、2点差で勝負がつくことが多い。彼は勝負に徹する本物のプロフェッショナルなのだ」と繰り返し言うのである。

機械のように正確な「打点マシーン」

 典型的な試合が7月29日(現地時間)のオリオールズ戦だった。本人も記憶にないという、無安打で3打点を挙げた珍しい試合である。

 第1打席、初回1死満塁。前の打者4番アレックス・ロドリゲスは通算500号にあと一本で、力が入っていたのだろう。前の試合が3三振、このときも低めのボール球に手を出し空振り三振。投手は205センチの豪腕ダニエル・カブレラだった。オリオールズのレオ・マゾーニ投手コーチが解説する。

「あの場面、狙っていたのはゴロを打たせての併殺だった。そのためにはストライクを先行させなければいけないのに2ボールにしてしまった。松井はああいう場面、ホームランを狙わず確実に外野フライを打ち上げるバッティングをする。だからミスが少ない。ストライクを取りにいけばやられてしまう」

 内寄りの速球を右中間に犠牲フライ、先制点である。『YESネットワーク』の解説者、アル・ライターは「PRODUCTIVE OUT(実りあるアウト)」とたたえる。この言葉は松井を語るとき頻繁に使われる。

 マゾーニは松井を「RBI(打点)マシーン」と呼んだ。試合の状況、相手投手の特徴を頭に入れ、どういった攻め方をしてくるか読み、それに即してゴロを打ったり、フライを打ち上げたりしてくるからだ。機械のように正確に仕事をする。

「もっとも、カブレラのようなタイプはやりにくいと思うよ。荒れ球だから、どこにボールが行くか分からない。すっぽ抜けたり、体に来たり。ZERO IN(照準を合わせる)が難しいよ」

「GREAT、ヒデキは素晴らしかった」

 第2打席は先頭打者で空振り三振。第3打席は無死一、二塁で初球打ちのショートフライだった。第4打席は7回。序盤の4-0のリードが、4-3と1点差に迫らた場面で迎えた。

 無死ニ、三塁から、3番ボビー・アブレイユがピッチャーゴロで1死ニ、三塁。ロドリゲス敬遠で1死満塁である。投手は左腕、ジョン・パリッシュに代わっている。
「あの場面も併殺狙い。初球は絶対に外角低めに投げないといけない。ところが内角に行ってしまった」
 と苦々しげなマゾーニコーチ。松井は難なく速球をセンターに打ち上げ5-3となった。貴重な追加点。ライターが再び「PRODUCTIVE OUT」と解説する。

 第5打席は8回1死満塁。投手はダニス・バエス。得点は8-4。外のツーシームを引っ掛け、詰まったセカンドゴロ。それが3つ目の打点で試合は9-4。ダメ押し点だった。

 試合後、筆者は物足りないと感じていた。満塁が3度、ニ、三塁が1度、それでヒットがゼロである。だがトーリ監督は「GREAT、ヒデキは素晴らしかった」と称賛していたのである。松井という選手の価値について、考え直さないといけないなと思ったものだ。

レ軍コーチ「うちにも欲しい選手」

 松井の100打点については以前から冷めた見方がある。出塁率の高い打者がそろうヤンキースで5番を打てば、自然に100打点に届くというものだ。2番デレック・ジーターは通算出塁率3割8分8厘、3番アブレイユは4割8厘、4番ロドリゲスは3割8分8厘(今季は4割1分4厘)である。松井が打席に立つときは、たいてい走者がいる。

 だが、トーリ監督はそうは見ていないし、ライバルチームも敬意を払う。レッドソックスのジョン・ファレル投手コーチは「松井のような打者をうちにも欲しい」と話した。レ軍は今季、ヤ軍とほぼ同じ数の走者を出しているが、拙攻が多く、得点は100近く少ないからだ。

「松井に投げるときはひとつの攻め方だけでは駄目。打席ごとに変えてくるだけでなく、1球1球アジャストしてくるからね。スピードを変え、配球を変え、それでも彼はこっちの狙いを読み取り、これで打ち取れると思った球をしっかり打ち返してくる」

 “CAT&MOUSE GAME”(いたちごっこ)である。松井もメジャー5年目、相手の投手のことは頭に入っているし、相手も松井のことは分かっている。

50本塁打も可能だが…

 ファレルは松井のバットスピードは速いしパワーがあるから、ホームランだけを狙えば日本時代のように50本も可能だと話す。マッティングリーも「ヒデキがずっとメジャーでやっていたら、今頃400本は打っていただろう」と言う。だが点取り屋に徹している。
 マッティングリーは「野球のシーズンはゴルフのマッチプレーに似ている。すべてのホールは別々で、ポイントがいい方が一つ一つ取っていき、たくさんのホールを取った方が優勝を勝ち取る。ヒデキはバットで大きな役割を果たしている。ホームランはゲームの副産物にすぎない」と言う。

 点取り屋としての松井がどれだけ相手に嫌がられているかのひとつの指標は、前を打つロドリゲスの敬遠の数である。本塁打(52)と打点部門(142)でトップに立つメジャー最強のスラッガーが、敬遠わずか9個(リーグ25位)。どの監督も走者をためて松井と勝負をしたくないと思っているのだ。ロドリゲスも「ヒデキが5番にいることで、相手投手は自分と勝負してくれる。彼の存在は大きい」と認めているのである。

弱点は“好不調の波”

 そんな松井の弱点は「STREAKY(むらがある)」なところかもしれない。調子のいいとき、悪いときがはっきりしている。7月は初の月間MVPに輝き、28試合でリーグ1位の13本塁打、31得点。打率は3割4分5厘、28打点だった。ところが8月26日から9月15日までは17試合でヒット9本、打率は3割8分から2割8分9厘と2分落ちている。

 7月下旬、カンザスシティーでヤンキースのケビン・ロング打撃コーチと話していたとき「ヒデキは3分打率を上げたかと思うと、2分落としたりする。調子の波は誰にでもあるが、悪いときをなるべく短くできれば」と話していた。

 その危惧(きぐ)が現実になった。7月1日の時点で2割6分9厘だった打率は7月、8月序盤の好調で4分も上がったが、そこから2分落ちたのである。

スランプから復活へ

 最近のスランプは右ひざの悪化と疲労が原因だった。ニューヨークの記者は「打撃のメカニックは悪くない。その代わりバットスピードが落ちている。ボールはよく見えているけど、振りがシャープじゃないからタイミングが合わない」と説明していた。33歳はもはや若くはない。高度なパフォーマンスを維持するには、これまで以上に体調維持に注意しなければならない。9月16日(現地時間)のレッドソックス戦では屈辱のスタメン落ちである。

 だがその翌日から、RBIマシーンは華々しく復活した。オリオールズ3連戦、17日は8月8日以来147打席ぶりの本塁打で、2-2の3回に勝ち越し。ヤ軍はそのままリードを保って勝った。18日は4回1死ニ、三塁から、走者一掃の先制二塁打。7回も1死一、三塁からレフト前ヒットで1打点。8月19日以来の3打点だった。19日も2回に先制ソロ本塁打で2対1の勝利。3試合連続V打点である。痛みと付き合いながら、結果を出している。

 7月に13本のホームランを打ったとき、ある記者が「本当のホームラン打者としてのスイッチが入ったのでは、とアメリカ人記者が言ってましたよ」と尋ねると「日本でもそんなスイッチが入ったことはない。入ってみたいですねえ、そんなスイッチ」と笑っていた。スイッチを見つけたわけではない。だが調子は上がってきた。そしてヤンキースは最後の戦いに臨むのである。