スポーツナビ 梅田香子
2005/05/24
W松井にみるニューヨーク・メディアの変容
梅田香子の『メジャー交友録 2005』 VOL.14
梅田香子の『メジャー交友録 2005』 VOL.14
サブウェー第1ラウンドは松井秀に軍配
とりあえず「サブウェーシリーズ」の第1ラウンドは、2勝1敗でヤンキースが勝ち越した。松井秀喜が4番で3試合ともスタメン出場を果たし、8試合連続ヒットもマークしたのだから、松井秀に軍配が上がったと言っていいだろう。
松井秀の打撃は明らかに上向きで、ジョー・トーレ監督も目を細めていた。
「5月に入ってから打撃フォームが安定し、もう少しで本来のペースを取り戻すだろう。前はボールをミートするとき、ちょっと体が開き気味だった」
打撃面だけではなく、ゲーリー・シェフィールドが第2戦の試合開始直前に左手の痛みでドタキャンしたため、急きょライトを守り、彼が抜けた穴を感じさせなかったのだから、充分に合格点をあげていいはずだ。
「ライトなら昔もやっていたから、別に気になりませんでしたよ」
と松井秀も平然としていた。ライトを守るのは、巨人時代以来。今年は開幕戦こそレフトだったが、バーニー・ウィリアムズが右ひじの痛みを訴えると、5月3日(日本時間4日)からは15試合センターを守ったから、すでに3つのポジションを制覇したことになる。
4番打者という定義からすれば、ホームラン3本は物足りない数字で、ホワイトソックスの井口資仁にも抜かれてしまったのは意外な展開だ。が、トーレ監督は断固として松井秀をかばい続けている。
「ヒデキはあんなに打点を稼いでいるのに、なぜ4番から落とす必要があるのだ? うちの4番はヒデキだ」
松井秀本人も、周囲が騒ぐほど本塁打の数は気にしていない。
「日本にいたときとは違いますから。ここはそんなに量産できる環境にありませんよ。本塁打より、むしろ連続試合出場に僕はこだわっていきたい」
松井稼を責めない“信念”のランドルフ監督
一方、「8番・セカンド」で1、2戦とスタメン出場した松井稼頭央は、併殺を狙って捕球し損なうなど、痛いエラーもあった。が、左中間フェンスを直撃する二塁打を打つわ、ランディー・ジョンソンからヒットは打つわ、決して悪い出来ではなかった。ただし、首筋の張りを訴えて、第3戦は欠場している。
そんな松井稼のことを、メッツのウィリー・ランドルフ監督も、決して責めようとしない。日米のメディアがぐるりと取り囲んで、あの手この手でセンセーショナルな発言を引き出そうと試みるのだが、絶対につられないあたりがトーレ監督とダブる。ランドルフ監督は昨年までヤンキースにいて、トーレ監督の右腕だったのだから、明らかに影響を受けているのだろう。この2人の監督は、まさに“信念”の塊だ。
前任者のアート・ハウ監督は、台風でフロリダに閉じ込められてしまった松井稼について聞かれ、
「だから私は、早くこちらに戻って来いと言ったのに」
と批判めいた発言を引き出されてしまったり、看板打者のマイク・ピアザがファーストを守ることを、本人に伝えるよりも先にメディアに書かれてしまったり、まさに隙(すき)だらけだった。
センスがなくなったブーイング
ここから先は英語で書いて、ニューヨーカーにも読んでもらいたい気分なのだが、率直に言って、今回のシリーズを見て、野球場に足を運ぶ野球ファンの質が昔より低下しているように思えた。
ヤジが汚いのは今に始まったことではなく、仕方がないことかもしれない。活字にできないようなスラングで、人種差別用語を叫び続ける観客の数があまりにも多すぎる。一人二人ではないのだから、異様な光景だ。小さな子供だってたくさんそこにいるのに、恥ずかしくないのだろうか。
ブーイングの回数は、以前とは比較にならないほど増えた。前はもっとこう絶妙なタイミングで、怠慢プレーや相手の看板打者に対してブーブーやっていて、どこかユーモアがあり、もっとセンスがあった。ブーイングにしてもやじにしても、もっと一人一人がゲームを楽しんでいて、試合の一部と化していた。
それが今は違う。楽しんでいるというより、日ごろのストレスを発散するために、何度もしつこく繰り返されるから、聞いていてうんざりとしてくるのだ。
批判精神おう盛なのがニューヨーク・メディアの特色なのに、そのあたりを誰も批判しようとはしない。ブーイングの原因をつくっているのは一部のニューヨーク・メディアであり、彼らが個人的に嫌っている選手のことを徹底的にたたくから、それをうのみにしたファンがブーイングややじを浴びせるという悪循環が生まれている。
取材対象から寵愛(ちょうあい)を得ようとする行為も最低と言えるのだろうが、私的な感情から公的な媒体を利用して批判するのも、フェア・プレーとは言えない。
「ブーイングを気にすると、リズムが崩れますから。それにいい仕事をしたら、たちまち喜んで拍手をしてくれるのも、ニューヨークのファンですからね」
と松井稼はポジティブにとらえようとしている。
「松井秀喜さんは巨人にいたから、そういうところは慣れているみたいですけど、僕はパ・リーグでしたからね。正直言って戸惑った時期はあります」
松井稼に対するメディアの誤解
今までいろいろなスーパースターを取材してきたが、マイケル・ジョーダンはマスコミあしらいにかけても、際立った天才と言えた。ノースカロライナ大からシカゴ・ブルズに入団したときの会見で、らつ腕代理人のデビッド・フォークが話すべきことを紙に書いて手渡したというが、まったくそれを必要としなかったという伝説が残っている。3度にわたる引退会見にしても、紙を見るどころかスラスラと名文句が口から出てきたのだから、脱帽するしかない。
故人となった父・ジェームス・ジョーダンの人となりを考えると、それも納得がいくのだが、松井秀もかなりこの域に迫るものがある。父親である松井昌雄氏の著作『秀さんへ。』(文春文庫)を読むと、なるほど、この親にしてこの子あり。昔の人はうまいことを言うな、と思う。
松井秀は1年目でいきなり、全米野球記者協会が取材対象である選手の人柄を評価する“グッドガイ賞”に選ばれ、イチローからうらやましがられていたが、客観的に見て松井稼はそのレベルには達していない。だからといって、松井稼が日米のマスコミに対して、失礼な態度を取っているわけではないのだ。
サブウェーシリーズで込み合う記者食堂で、たまたま隣のテーブルは松井稼批判で盛り上がっていたが、あきれるほど無理解で、幼稚な論調ばかりが耳に残った。
「松井稼なんかより井口を取るべきだった」
と言うから、
「井口のプレーを見たことあるのか?」
と聞いたら、
「まだニューヨークで試合をしていないから、見ていない」
ときた。
確かにメジャー1年目、いわば新参者だったときに、松井稼の通訳が試合後の会見で、
「5分で終わらせてくださーい!」
と叫んでばかりいたのはまずかったかもしれない。松井秀は無論のこと、野茂もイチローもそんなことはさせなかった。だからといって、今の今までそれを引きずるのもどうかと思う。野球の質とは違う次元だ。
井口だって開幕して最初の数試合は、帰宅するのがどのメジャーリーガーよりも早く、ギーエン監督の記者会見が終わってロッカーに行くと、もう影も形もない。それこそ報道関係者用のエレベーター内でブーイングが起きた。でも、それは広報担当者に抗議し、彼が井口に説明をして、すぐに解決してしまった。
メジャーの存在を高めたのは?
もともとニューヨークはマスコミのメッカであり、タイムズ社の発行する『スポーツ・イラストレーテッド』誌は硬派な作りであるにもかかわらず、約350万部の発行部数を誇った。そういう雑誌を作る方も立派だが、読者の方も立派だと思った。日本の写真週刊誌に匹敵する『ナショナル・エンクワイアー』は発行部数約100万部と言われ、正統派のスポーツ雑誌が圧勝していたのだ。スポーツがスキャンダルをしのぐなんて、日本の現状では考えられない。
元来そういう質の高いスポーツ・マスコミと、ファンの後押しと、リスペクトがあったからこそ、メジャーリーグが世界有数の野球組織にまで高められたということを、このへんで思い出してもらいたいものだ。
とりあえず「サブウェーシリーズ」の第1ラウンドは、2勝1敗でヤンキースが勝ち越した。松井秀喜が4番で3試合ともスタメン出場を果たし、8試合連続ヒットもマークしたのだから、松井秀に軍配が上がったと言っていいだろう。
松井秀の打撃は明らかに上向きで、ジョー・トーレ監督も目を細めていた。
「5月に入ってから打撃フォームが安定し、もう少しで本来のペースを取り戻すだろう。前はボールをミートするとき、ちょっと体が開き気味だった」
打撃面だけではなく、ゲーリー・シェフィールドが第2戦の試合開始直前に左手の痛みでドタキャンしたため、急きょライトを守り、彼が抜けた穴を感じさせなかったのだから、充分に合格点をあげていいはずだ。
「ライトなら昔もやっていたから、別に気になりませんでしたよ」
と松井秀も平然としていた。ライトを守るのは、巨人時代以来。今年は開幕戦こそレフトだったが、バーニー・ウィリアムズが右ひじの痛みを訴えると、5月3日(日本時間4日)からは15試合センターを守ったから、すでに3つのポジションを制覇したことになる。
4番打者という定義からすれば、ホームラン3本は物足りない数字で、ホワイトソックスの井口資仁にも抜かれてしまったのは意外な展開だ。が、トーレ監督は断固として松井秀をかばい続けている。
「ヒデキはあんなに打点を稼いでいるのに、なぜ4番から落とす必要があるのだ? うちの4番はヒデキだ」
松井秀本人も、周囲が騒ぐほど本塁打の数は気にしていない。
「日本にいたときとは違いますから。ここはそんなに量産できる環境にありませんよ。本塁打より、むしろ連続試合出場に僕はこだわっていきたい」
松井稼を責めない“信念”のランドルフ監督
一方、「8番・セカンド」で1、2戦とスタメン出場した松井稼頭央は、併殺を狙って捕球し損なうなど、痛いエラーもあった。が、左中間フェンスを直撃する二塁打を打つわ、ランディー・ジョンソンからヒットは打つわ、決して悪い出来ではなかった。ただし、首筋の張りを訴えて、第3戦は欠場している。
そんな松井稼のことを、メッツのウィリー・ランドルフ監督も、決して責めようとしない。日米のメディアがぐるりと取り囲んで、あの手この手でセンセーショナルな発言を引き出そうと試みるのだが、絶対につられないあたりがトーレ監督とダブる。ランドルフ監督は昨年までヤンキースにいて、トーレ監督の右腕だったのだから、明らかに影響を受けているのだろう。この2人の監督は、まさに“信念”の塊だ。
前任者のアート・ハウ監督は、台風でフロリダに閉じ込められてしまった松井稼について聞かれ、
「だから私は、早くこちらに戻って来いと言ったのに」
と批判めいた発言を引き出されてしまったり、看板打者のマイク・ピアザがファーストを守ることを、本人に伝えるよりも先にメディアに書かれてしまったり、まさに隙(すき)だらけだった。
センスがなくなったブーイング
ここから先は英語で書いて、ニューヨーカーにも読んでもらいたい気分なのだが、率直に言って、今回のシリーズを見て、野球場に足を運ぶ野球ファンの質が昔より低下しているように思えた。
ヤジが汚いのは今に始まったことではなく、仕方がないことかもしれない。活字にできないようなスラングで、人種差別用語を叫び続ける観客の数があまりにも多すぎる。一人二人ではないのだから、異様な光景だ。小さな子供だってたくさんそこにいるのに、恥ずかしくないのだろうか。
ブーイングの回数は、以前とは比較にならないほど増えた。前はもっとこう絶妙なタイミングで、怠慢プレーや相手の看板打者に対してブーブーやっていて、どこかユーモアがあり、もっとセンスがあった。ブーイングにしてもやじにしても、もっと一人一人がゲームを楽しんでいて、試合の一部と化していた。
それが今は違う。楽しんでいるというより、日ごろのストレスを発散するために、何度もしつこく繰り返されるから、聞いていてうんざりとしてくるのだ。
批判精神おう盛なのがニューヨーク・メディアの特色なのに、そのあたりを誰も批判しようとはしない。ブーイングの原因をつくっているのは一部のニューヨーク・メディアであり、彼らが個人的に嫌っている選手のことを徹底的にたたくから、それをうのみにしたファンがブーイングややじを浴びせるという悪循環が生まれている。
取材対象から寵愛(ちょうあい)を得ようとする行為も最低と言えるのだろうが、私的な感情から公的な媒体を利用して批判するのも、フェア・プレーとは言えない。
「ブーイングを気にすると、リズムが崩れますから。それにいい仕事をしたら、たちまち喜んで拍手をしてくれるのも、ニューヨークのファンですからね」
と松井稼はポジティブにとらえようとしている。
「松井秀喜さんは巨人にいたから、そういうところは慣れているみたいですけど、僕はパ・リーグでしたからね。正直言って戸惑った時期はあります」
松井稼に対するメディアの誤解
今までいろいろなスーパースターを取材してきたが、マイケル・ジョーダンはマスコミあしらいにかけても、際立った天才と言えた。ノースカロライナ大からシカゴ・ブルズに入団したときの会見で、らつ腕代理人のデビッド・フォークが話すべきことを紙に書いて手渡したというが、まったくそれを必要としなかったという伝説が残っている。3度にわたる引退会見にしても、紙を見るどころかスラスラと名文句が口から出てきたのだから、脱帽するしかない。
故人となった父・ジェームス・ジョーダンの人となりを考えると、それも納得がいくのだが、松井秀もかなりこの域に迫るものがある。父親である松井昌雄氏の著作『秀さんへ。』(文春文庫)を読むと、なるほど、この親にしてこの子あり。昔の人はうまいことを言うな、と思う。
松井秀は1年目でいきなり、全米野球記者協会が取材対象である選手の人柄を評価する“グッドガイ賞”に選ばれ、イチローからうらやましがられていたが、客観的に見て松井稼はそのレベルには達していない。だからといって、松井稼が日米のマスコミに対して、失礼な態度を取っているわけではないのだ。
サブウェーシリーズで込み合う記者食堂で、たまたま隣のテーブルは松井稼批判で盛り上がっていたが、あきれるほど無理解で、幼稚な論調ばかりが耳に残った。
「松井稼なんかより井口を取るべきだった」
と言うから、
「井口のプレーを見たことあるのか?」
と聞いたら、
「まだニューヨークで試合をしていないから、見ていない」
ときた。
確かにメジャー1年目、いわば新参者だったときに、松井稼の通訳が試合後の会見で、
「5分で終わらせてくださーい!」
と叫んでばかりいたのはまずかったかもしれない。松井秀は無論のこと、野茂もイチローもそんなことはさせなかった。だからといって、今の今までそれを引きずるのもどうかと思う。野球の質とは違う次元だ。
井口だって開幕して最初の数試合は、帰宅するのがどのメジャーリーガーよりも早く、ギーエン監督の記者会見が終わってロッカーに行くと、もう影も形もない。それこそ報道関係者用のエレベーター内でブーイングが起きた。でも、それは広報担当者に抗議し、彼が井口に説明をして、すぐに解決してしまった。
メジャーの存在を高めたのは?
もともとニューヨークはマスコミのメッカであり、タイムズ社の発行する『スポーツ・イラストレーテッド』誌は硬派な作りであるにもかかわらず、約350万部の発行部数を誇った。そういう雑誌を作る方も立派だが、読者の方も立派だと思った。日本の写真週刊誌に匹敵する『ナショナル・エンクワイアー』は発行部数約100万部と言われ、正統派のスポーツ雑誌が圧勝していたのだ。スポーツがスキャンダルをしのぐなんて、日本の現状では考えられない。
元来そういう質の高いスポーツ・マスコミと、ファンの後押しと、リスペクトがあったからこそ、メジャーリーグが世界有数の野球組織にまで高められたということを、このへんで思い出してもらいたいものだ。