Matsui's Space 松井秀喜ファンサイト

Columnコラム

スポーツナビ 杉浦大介 2006/04/25
ヤンキース上昇のきっかけを握る松井
勝ったり、負けたりが今のヤンキース

 2006年、松井秀喜の調子がまだ思うように上がっていない。
 開幕戦での華々しい活躍は記憶に新しいが、それ以降、マルチ安打はわずか2回、量産が予期されたホームランも合計3本だけ。決して不調という訳ではないのだが、一方で波に乗り切れていないという印象も強い。それはそのまま、ヤンキースのチーム自体の調子にも当てはめることができる。

 中でも象徴的だったのは、4月21日(現地時間)のオリオールズ戦だった。追いつ追われつの激闘を経て、1点をリードされたヤンキースは9回裏に2死満塁のチャンスをつかんだ。打席には松井秀喜。相手投手はルーキークローザーのクリス・レイ。格が違う対戦に、松井の劇的サヨナラ打を想い描いた人も多かったはずだ。
 しかし結果は、フルカウントから見逃し三振……。
 この日の試合の流れは、ヤンキースと松井の今季これまでを凝縮したようなものと言えた。チームとしても、先発投手が崩れ、終盤の好機にもう一本が出ず、最後は接戦を勝ち切れなかった。松井個人としても、2安打しながら詰めを欠き、つなぎ役にはなったものの勝負は決められなかった。
 勝つときは大勝で、接戦になると弱い。結果として、勝ったり負けたり。それが今のヤンキースの現状である。そして、勝負強さではチーム有数のはずの松井もその流れに歯止めをかけれない。

MLBのベストチームが集まった混戦のア・リーグ

 そうこうしているうちに、宿命のライバル・レッドソックスは地区首位と好調なスタートを切っている。それだけではなく、開幕から約3週間が経過して印象的なのは、今季のア・リーグのレベルの高さだ。
「MLBのベストチームがすべてア・リーグに集まった」という前評判は開幕前からあった。そのうわさにたがわず、昨季王者ホワイトソックス、宿敵レッドソックスらの列強はもちろん、インディアンス、ブルージェイズなども充実ぶりをアピールしている。優勝候補と言われながら開幕ダッシュに失敗したアスレチックス、ツインズも、投手陣がいいだけに、すぐに巻き返しを図ってくるはずだ。

 このように強豪ひしめくア・リーグでは、今後、ワイルドカードも含め、まれに見る大混戦のプレーオフ争いが展開されて行くだろう。東地区の2位チームが、そのままワイルドカードを得られた時代は終わったのだ。

松井のドラマチックの活躍がチームに火をつける

 そういった今季の状況下で、ヤンキースにも昨季のようなスタート(開幕から11勝19敗)を繰り返す余裕はない。一刻も早く体制を立て直し、優勝戦線に殴り込みをかけて行かなければならない。
 幸いにも、23、24日のオリオールズとの2試合では、良化の兆しが確実に見られた。23日は、松井が6回、再び巡って来た満塁のチャンスで走者2人をかえすタイムリーニ塁打を放った。前日の三振は「終わったこと」と切り捨てた松井だが、似たような場面でのこの日の快打には「男の落とし前」を感じさせた。翌日は、頼みのランディー・ジョンソンの好投で、またもいい勝ち方ができた。この勢いに乗って、次戦からのデビルレイズ3連戦でさらに大きな弾みをつけたいところだ。

 そして、上昇へのカギを握る1人は、松井秀喜であるようにも思える。これまで書いたように、松井とヤンキースの今季の軌跡は、ほとんどシンクロしている。それは松井のチーム内での重要性をあらためて表しているとも言えるし、次戦から対戦するデビルレイズ戦で昨季3割9分4厘と打ちまくったのもタイミングのいいデータだ。最下位デビルレイズに昨季のヤンキースは予想外の苦戦を味わったが、今季はそれは許されない。そういった意味で、また注目のシリーズが始まる。ヤンキースはここで逆襲を始めねばならない。
 そして、その先陣を切るべき松井には、つなぎ役になるだけでなく、そろそろドラマチックなヒーロー的活躍も見せてほしいものである。松井が好機で打てば、その生き写しのようなチームにも必ず火がつくはずなのだ。
読売新聞 松井が燃える 2006/04/09
「ちょいワル」も見たい
 新たに4年契約を結んだ昨秋、ドキドキしながら春の訪れを待っていた。「監督に『センター、やらしてほしい』って話すつもりなんだ」。ジョー・ディマジオやミッキー・マントルらが君臨した本拠地のセンターフィールド。伝説の名選手と同じ空気を感じて、プレーしたいと願った。

 ところが、球団は中堅手としてジョニー・デーモンを獲得。「センター? 言えるはずないじゃん。駄々こねて、監督を困らせちゃダメでしょ」

 小さな野望、あっさり終了。背番号「55」は今年もレフトで、右へ左へと駆け回っている。


 そんな“優等生”が、めずらしく自らの意思にこだわった。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での日本代表入りを、辞退した一件だ。決断に至る過程で、周囲の動きに首をかしげたことも……。

 いや、よそう。

 「二つの目標を追い、(大リーグの)ワールドチャンピオンという夢がおろそかになるのを恐れた」との理由は真実だし、それを公の場で口にした以上、きっと31歳は、枝葉の部分に触れることを望まない。

 ともかく、「先生や親を悲しませたくなくて『いい子』でいる子供の気持ち、分かるよ。どっちかっていうと、おれもそうだった」と明かす“優等生”が、WBC出場を求める、恐らく国内で大勢を占める声に逆らった。もしくは、“優等生”であることを、一時的に放棄した。

 日ごろ、「相手や状況に合わせて、いろんな自分になる。それは『人間の幅』っていうか、悪い行為じゃないよね」と考えている。北陸生まれの男は、ふだん、当たり障りのない「松井秀喜」を演じているらしい。しかし、大切なものを守るとき、演じるのをやめる。

 「言いたい人は、何だって好きなように言えばいい。おれの判断、間違ってるとは思わない」

 抑揚のない口調、色のないまなざし。この表情の出現は、記者に新鮮な驚きを与えた。


 もっと頻繁に、己の定めた枠から、はみ出していい。ファンは多分、そうした姿も楽しんでくれる。

 第一、打席での松井秀は全然、素直ではない。

 8日のエンゼルス戦、九回に3号本塁打。カウント2―1で、球速150キロの内角球を完璧(かんぺき)にとらえた。

 「あの日のバッテリーは、緩い球への対応の仕方を見て、次のボールを決めてたと思うんだ」

 敵は知将・ソーシア監督の指示で配球を工夫し、常に打者の意図の裏をかく。

 「そう。だからこそ、読める。おれ、3球目のカーブを引っ張ってファウルにしたでしょ。バッターは『ちょっとタイミングが早いな』と考えがちだよね。そこにズバッと速いボールが、しかも内側に来たら、まず手が出ない。伝わってきたよ。えっへっへ」

 味方にとっては実に頼もしい、かなりの“ワル”である。(田中富士雄)
読売新聞 松井が燃える 2006/04/05
“本塁打増産フォーム” 考えに考え新境地へ
 この1年間で、コーヒーの入れ方に凝り始めた。朝、目覚めた直後に湯を沸かす。ペーパーフィルターに、ひいたコーヒー豆を詰める。注ぎ口の細い専用ポットから垂直に、円を描くように湯を落としていく。コーヒーの表面が盛り上がったら、手を止めて蒸らす。

 「うまい1杯が完成した日は、ずっと気分がいい。機嫌の悪い日は『失敗したな』と笑ってよ」

 すべての工程が、きちんと理由を伴って存在することに「感心する」。うなずきながら野球に思いをはせていたかどうか、定かではない。


 打席内で立つ場所が今季、前年より少しだけホームベース側に移動した。理路整然とした手順で打撃フォームを組み立てる左打者は、悩みに悩み、この変化を生み出した。

 わずかにオープンスタンスで構え、踏み込みの際は逆に三塁側へ、かぶせるように足を出す――。これが昨年のスタイルだ。フォーム全体のバランスを保った上で、打ちづらい外角球に対応するため、たどり着いた結論。初の打率3割台到達が、取り組みの正しさを証明してくれた。ただし、本塁打は減った。

 考えた。

 「できる限り長くボールを見たいのに、クロス気味に踏み出すと(窮屈になって)球を引き付けにくいんじゃないか」

 さらに、考えた。

 「(スイングを加速させる目的で)トップの位置とボールの間に一定の距離を作りたい。そこでテークバックを大きくしたんだけどね」。腕の引きと、斜め方向への踏み込みによって体がねじれる。反動で内角球をさばくときに、上体が開く。これはまずい。

 もっと、考えた。

 「踏み込みは、まっすぐ投手へ向けて。しかも、外寄りのボールへバットを届かせるには……」。答えは、ホームベースに近付いて立つことだった。

 オープン戦最後の5試合で17打数2安打。周囲が不安を口にする中、実は「以前との比較で言えば、『体重は(ホームベースを中心に)内へ残して、ステップは外へ』ってイメージかな。いい感触だよ。打球の飛距離も伸びた気がするね」と明かしていた。3日の開幕戦は、3ランなど4打数4安打4打点だ。理詰め、理詰めで手ごたえをつかみ、「新境地への扉を開いた」と解釈するのは、まだ早いだろうか。


 ところで、洗濯物をたたむのが“得意技”だという。

 「洗った服やタオルを丁寧に折って、寸分の狂いもなくクローゼットに重ねる。快感なんだよなあ。遠征に行くの、つらいもん。ごっそり服を取り出すと、せっかくの『山』が崩れちゃうから」

 シャツを1枚ずつ積み上げながら、野球に思いをはせているかどうか、定かではない。

 それにしても、大きな背中を丸めて衣類の形を整え、悦に入っている光景……。ちょっと怖い。(田中富士雄)


 ヤンキースの松井秀が、静かに燃えている。批判されるのを覚悟して、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)への出場を辞退し、目標はワールドシリーズ制覇だけと再認識したメジャー4年目。担当記者が、その歩みを追う。
スポーツナビ 杉浦大介 2006/04/04
松井秀が見せた勝利への執念 ヤンキース開幕戦リポート
午後11時半に飛び出した第1号

 米国東部時間で、時計の針が午後11時半を指したころ――。
 楽勝ムードのヤンキース開幕戦序盤を見届けて、多忙なニューヨーカーが翌日に備え、そろそろ眠りにつきそうな時刻。ちょうどそんなときに、松井秀喜の今季第1号ホームランは飛び出した。4回、無死一、二塁、先発バリー・ジトをリリーフした2番手カーク・サルルースの変化球を、松井のバットが完ぺきにとらえた。この時点で試合を決めるスリーランは、鮮やかな放物線を描いて敵地マカフィー・コロシアムのライトスタンド中段に吸い込まれていった。
 ホームランの直後、試合の実況を担当したアナウンサーの「マツイの新しいシーズン、新しい契約が始まった」とのコメントがあった。WBC辞退、新たに結んだ高額契約で、今季の松井は少なからず好奇に満ちた視線に晒されることになるのかもしれない。打てなければ、これまで以上にたたかれる。
 だが、開幕戦での脅威の4打数4安打はそんな懐疑の声を退けるには効果てきめんだったろう。この日の松井は、ニューヨークの街がよく知っているそのままの、いやそれ以上の選手だったのだから……。

監督を最も喜ばせたセンター前タイムリー

 松井は第1号ホームランのあとも、さらに2本のヒットを加え、この夜の最終成績は4安打4打点1本塁打2四球。
 開幕戦での大活躍はこれで2年連続となる。松井の節目の試合での強さは今さら述べるまでもないが、具体的な内容を見ても、この日の6打席はまったく文句の付けようがない完ぺきなものだった。
 2回、2006年初打席では粘り強く四球を選んで、大量得点の口火を切った。打者1巡で同じイニングに回って来た2打席目では初安打をセンター返しで記録し、次の打席でのホームランにつなげた。
 そして何より、ジョー・トーリ監督を最も喜ばせたのは、もしかしたらホームランの次の打席だったのかもしれない。5回2死でまたも一、ニ塁にランナーを置いて、松井が打席に立った。すでに10点の大差がつき、ここまで2打数2安打、しかも見事なホームランを放った直後である。スター選手なら多少のわがままが許される打席であったのかもしれない。だが、誰もが2発目の誘惑にかられるそんな打席で、松井はセンター前に軽くはじき返すタイムリーヒットを放ったのだ。
 強敵アスレチックスから15点を奪っての大勝、自身も4安打。そんなお祭りムードの中でも、流れに乗ってのホームランだけでなく、その後に放った軽打の方にも大きな価値を見出すような選手である。これまでもそうだった。そしてそんな松井の姿勢を、トーリ監督は何より愛してきた。

ヒーローになるよりもチームの勝利を

 トーリ監督はかつて、松井の献身的な姿についてこんな風に語ったことがある。
「誰かが教えようとしなくても、彼はどんな場面でも、自分がやらなければいけないことを瞬時に判断できる。これほど信頼できる選手はいない」
 新しい年が始まっても、新しい契約を手にしても、松井は少しも変わっていない。この夜も同じだった。必要以上の力みはない。ヒーローになる必要はない。ただ最後まで全力で、チームを勝利に少しでも近づけるために。そんなゴジラの姿勢を、ニューヨーカーも心から愛してきたのだ。
 松井の活躍に引っ張られ、好投手ジトを血祭りに上げたヤンキースは、2006年シーズンに最高のスタートを切った。
 もちろん、今夜の大勝に安堵(あんど)し1年前を忘れるべきではない。思えば昨季の開幕戦でも、レッドソックス相手に松井が爆発、ランディー・ジョンソンが好投し、ヤンキースは見事なスタートを切ったのだった。しかしその後のジョンソン、ヤンキースの迷走ぶりはご存知の通りである。

戦力アップしたヤンキースの視界は良好

 だがそれにしても、より戦力アップしたヤンキースの今季の視界はどうしても良好に見える。ジョニー・デーモンが加わった殺人打線の破壊力は評判以上に思える。いきなりグランドスラムのアレックス・ロドリゲスは、今季も少なくとも9月までは最強打者だろう。絶好調と言えないながら手堅くまとめたジョンソンにも、また新たな決意が感じられる。衰えが心配されたホルヘ・ポサダの目にも、死球を受けた直後にはこれまでと変わらない闘志が宿っていた。

 そして、王座奪回のために最後に必要なものは、この夜の4打席目以降に松井が見せてくれた。常に粘り強く、献身的で、勝負に徹する。ライオンは最後まで全力を尽くす。そんな姿勢がチーム全体に浸透したとき……スター軍団はさらに一段先のレベルに進むのではないだろうか。

 西海岸で行われた今季開幕戦は、東部時間では夜10時開始のまさに「ミッドナイト・ベースボール」だった。ヤンキースを愛する多くのニューヨーカーにとっても、見るのは少々厳しかったかもしれない。
 しかし、最後まで観戦したファンの大半は、強力打線の快音の数々と、松井が見せてくれた勝利への執念を夢物語に、恐らくは幸福な眠りについたことだろう。10月のブロンクスで、頂点に立つヤンキースを思い描きながら。この夜のそれは、そんな手応えをほのかに感じさせる勝利だった。