Matsui's Space 松井秀喜ファンサイト

Columnコラム

日本経済新聞 メジャーリポート 杉浦大介 2011/01/24
松井、新天地アスレチックスで求められる役割
 今季から松井秀喜が所属することになったアスレチックスが、5年ぶりのプレーオフ進出に向けて順調に戦力を整えている。

 一時狙いを定めたベルトレ(レンジャーズへ)、バークマン(カージナルスへ)といったFAの大物スター選手は獲得できず、ポスティングで交渉権を落札した岩隈久志(楽天)との契約にも失敗した。無残なオフとなってしまうかと思いきや、しかしそれ以外のリカバリー的な補強策の数々は見事だった。

投手陣、打撃陣とも強化

 1年425万ドルという“お買い得契約”で松井を迎え入れただけではなく、昨季に規定打席不足ながら打率3割を打ったデヘスス、過去5年連続15本塁打以上のウィリンガムといった実力者を集めて打線の強化に成功。

 昨季までのアスレチックス攻撃陣の非力さは目を覆うばかりだったが、一連の補強策で多少は戦力アップしたことは間違いないだろう。

 投手陣のてこ入れも忘れてはおらず、通算187セーブのフエンテス、昨季レイズで防御率2.28を残したバルフォアといった好リリーファーと契約。クローザーのベイリーにつなぐセットアッパーも層が厚くなった。トータルで見て、ブルペンの力はメジャー有数だといえるだろう。

今季に向けて視界は良好

 これらの順調な補強策の後を受けて20日、「サンフランシスコ・クロニクル」紙は「打線とブルペンの補強により、コンテンダー(チャンピオンに挑む挑戦者)にふさわしい陣容ができ上がりつつある」という見出しの記事を掲載。スポーツ欄のトップには松井がビリー・ビーンGMと握手しているカラー写真が掲載され、今季に向けてアスレチックスの視界が良好であることを印象づけた。

 「今季の私たちにはチャンスがあるよ。ピースは十分にそろっているからね。フロントは本当に素晴らしいチームを作り上げてくれた。(去年の)ジャイアンツに似ている部分があると思う」

 その記事内で紹介されていたフエンテスのコメントも印象的である。

 確かに昨季、奇跡的な快進撃で56年振りにワールドシリーズ制覇を果たしたジャイアンツも、開幕前はまったくノーマークのチームだった。スーパースターと呼べる選手が不在だったにも関わらず、際立った投手力と多くの脇役たちの予想外の活躍を糧に、世界一への道をひた走ったことは記憶に新しい。

伸び盛りの若手投手がそろう

 フエンテスの言葉はただの身びいきではなく、今季のアスレチックスも躍進の可能性は秘めているように思える。

 その一番の根拠は、投手力。昨季は81勝81敗と勝率5割にすぎなかったにもかかわらず、アスレチックスのチーム防御率(3.56)はアメリカンリーグ1位だった。その立役者となった先発陣はほとんど残留しており、しかもさらなる成長が望める伸び盛りの若手がそろっているのだ。

 特に昨季18勝を挙げてオールスターに選ばれた22歳のケイヒルを先頭に、後半戦だけなら防御率はメジャー9位の2.59だった25歳のゴンザレス、故障に悩まされながらも防御率2.80を残してポテンシャルを示した22歳のアンダーソンの3人は、他チームがうらやむほど才能あふれる投手たちである。

同地区のライバルがオフに苦戦

 しかも前述通り、今オフにブルペンが補強されて彼らをサポートする体勢はできあがった。もともとメジャー有数の投手有利のスタジアムを本拠地としていることも大きく、このトリオの成績はさらに向上する可能性がある。

 昨年のジャイアンツのミラクルを支えたリンスカム、ケイン、サンチェスのように、チームを一気に押し上げる原動力となっても驚くべきではないのだろう。

 さらに言えば、同地区のライバルたちが必ずしも順風満帆のオフを過ごしていないこともアスレチックスの好材料である。

 評価できるような補強がほとんどできていないマリナーズは今季も最下位争いが有力。狙っていたクロフォード(レッドソックスへ)、ベルトレを逃したエンゼルスにも大きな上積みは見られない。

 昨季のア・リーグ王者、レンジャーズは依然として尊敬を受けるべきだが、しかし彼らもエースのリー(フィリーズへ)を失った。そんな背景を考えれば、「(レンジャーズとの)差は詰められたと思う」というビーンGMの控えめなコメントに同意する人は多いのではないだろうか。

打撃は懸念材料

 ただ、懸念材料はもちろん残っている。充実の投手陣と比べ、打撃の力はお世辞にもリーグのトップクラスとはいえない。

 冒頭で「戦力アップした」とは記したが、それはチームの本塁打総数わずか109本(メジャー最多のブルージェイズは257本)と悲惨だった昨年と比べれば、のことである。

 新加入のウィリングハムは有用な選手ではあるが、チームを一変させるようなスラッガーではない。去年もチームに在籍したクリスプ、ジャクソン、クーズマノフらまで含めて層が厚くなったのは確かでも、相手投手に脅威を感じさせる陣容にはほど遠い。

リーダーとなる核が必要

 そんな攻撃陣の中で、2011年にどうしても必要なのはやはりリーダーとなる核の存在だろう。去年のジャイアンツも、昨季の総得点はリーグ9位と破壊力に恵まれたチームではなかった。

 それでもシーズン中に台頭した23歳のポージーが4番を打つほどに成長し、若きチームリーダーとなった。さらに開幕前に安価で獲得された34歳のハフが本塁打(26本)と打点(86打点)でチームトップの成績を残し、非力な打線の礎として君臨し続けた。

 このポージーとハフの役割が担える選手を、アスレチックス内で探すとすれば誰になるだろう?

 まずフレッシュなポージー役は、今オフにトレードで加わったデヘススか。31歳のデヘススにはポージーのような若さの魅力はないものの、心機一転の新加入選手であること、過去3年で2度も打率3割を打った実力を持っていることなどから、起爆剤としての役割は期待できそうだ。

パワーヒッターの貢献が必要

 そして、チームを支えるベテランの主砲役を担えるのは、松井しかいないのではなかろうか。

 「もともとパワー打者が多いチームではないだけに、数少ないパワーヒッターたちからの効果的な貢献が必要。ウィリンガム、松井、カート・スズキ、クーズマノフらがパワーを供給せねばならない」

 ESPN.comのバスター・オルニー氏も、「アスレチックスの2011年の鍵」と題したコラムの中でこう記述している。ここで挙げられた4人の中でも、メジャーで30本塁打以上の経験がある選手は松井のみである。

 その松井も10年は打率.274、21本塁打と不本意な成績だった。しかし20本塁打以上が一人もいなかったアスレチックスにとっては、不調の年ですら打率.270、20本塁打を確実にマークする左打者は貴重な存在である。

昨季後半の調子が持続できれば

 昨季、前半は力のある速球に押されるケースが目立ち、バットの振りの鈍りも指摘された松井。しかし後半戦だけなら打率.309、11本塁打と復調。その時点でのベストスイング、タイミングをつかんだようにみえた。それを今季も持続できれば、アスレチックスのけん引車になることも十分に期待できる。

 「なぜ松井が、オルドネスがタイガースから得た金額の半分しかもらえないのか理解できない。松井は西海岸が好きなのだろう」

 「スポーツ・イラストレイテッド」誌(電子版)は「今オフに買いたたかれた選手」ランキングを公表したが、その3位にランクされた松井に関してそんなコメントをしていた。

松井本人もリーダー志望宣言

 振り返れば昨オフ、ハフも1年500万ドルという比較的安価でジャイアンツと契約。開幕後には低評価を覆す大活躍でうれしい誤算となったのだった。

 左打ちのベテラン打者であること、下り坂とみなされた末に新天地に移ったことなど、ハフと松井の共通点は少なくない。そして普段は控えめな松井本人も、リーダー志望宣言までして今季にかける思いを表現している。

 「パワーはもっと必要だし、完璧なチームではない。しかし、ケガ人に悩まされた昨季と比べて層が厚くなったし、より良いチームにはなっている。世界一を勝ち取るのは厳しくとも、西地区の優勝くらいは可能だ」

打線が奮起できるか

 「サンフランシスコ・クロニクル」紙のジョン・シェイ記者はそう記している。そしてそんな地元記者の予想をも上回る快進撃をみせるか、あるいは期待を裏切って沈黙してしまうかは、松井をはじめとする新加入選手たちに委ねられているようにも思える。

 上質な投手陣を支えるべく、打線が奮起できるか? 昨年のジャイアンツに続き、アメリカ西海岸を熱くすることができるか?

 少なくとも今季のアスレチックスは、より興味深く、観戦するに値するチームになった。その打線の中軸を打つ松井に、日米両国のファンからの注目が少なからず集まるシーズンになりそうである。
NEWSポストセブン 2011/01/08
松井秀喜はイチローより上 天才GMがデータで証明
 人生で初めて手に入れたメジャー・グッズは、アスレチックス(以下ア軍)の帽子だったという。2010年12月14日、ア軍の入団会見に臨んだ松井秀喜は、ビリー・ビーンGMから手渡された緑色のユニフォームに笑顔で袖を通した。2011年シーズンの開幕に備える松井の心中には、ア軍の帽子を被っていた少年時代の記憶が蘇っているのかもしれない。

 ア軍はア・リーグ創設時からの歴史あるチームで、ワールドシリーズ制覇の回数はヤンキース、カージナルスに次いで3位。メジャー屈指の名門球団である。だが最近は低迷。2006年を最後にプレーオフから遠ざかっている。そのためか、日本では松井のア軍への移籍に対し、まるで“都落ち”したかのような声が目立つ。しかし、現地での見方は違う。スポーツジャーナリストでMLBアナリストの古内義明氏が語る。

「断言できるのは、松井はビーンGMが求める通りの選手であるということ。有名な彼のマネジメント理論である『セイバーメトリクス』に照らし合わせれば、それは明らかです」

 ビーンGMは、ベストセラーとなった『マネー・ボール』(マイケル・ルイス著)のモデルとして、ファンの間ではつとに知られた人物である。野球を統計学的手法で分析する「セイバーメトリクス」を実践し、少ない資金を有効活用したチーム作りに成功、2000年代初頭にはア軍の黄金時代を築いた。この理論は、現在では米球界の常識となっている。

 野手でいえば、本塁打数・打点・打率のみで判断するのではなく、それ以外の様々な要素を指数化して、選手の能力を測る。具体的には、出塁率や長打率、選球眼の良さ(四球の多さ)などが重要視される。

 基準を満たしてさえいれば、体格やフォーム、故障歴などは問題とならない。そのため、これまでア軍は他球団から致命的なケガなどを理由に放出され、“価格”の急落した選手を低年俸で獲得し、チーム再生の中心としてきた。この理論から考えると、松井がア軍に求められた理由がはっきり見えてくる。

 まずは、出塁率の高さである。ビーンGMは以前、次のように語っている(以下、〈 〉内は古内氏によるビーンGMインタビューより)。

〈『マネー・ボール』が発売されてから、たくさんのチームが出塁率に注目するようになった。私見では、出塁率は選手の価値を評価する正当な方法であり、一番大事な成績の一つだ〉

 一般的に出塁率に優れた選手というと、メジャーリーガーではイチローを想像する人が多いのではないだろうか。が、実は松井も遜色のない数字を残している。松井のメジャー通算の出塁率は.369。一方のイチローは.376だ。しかも10年シーズンは、松井は.361、イチローは.359と松井が上回っている。

 出塁率が高い理由の一つは、選球眼が良いこと。2010年シーズンの四球の数はイチローの45個に対して松井が67個。三振数も意外に少なく、イチローの86個に対し松井は98個だった。全米発行部数No.1のスポーツ専門誌『スポーツ・イラストレイテッド』の名物記者、トム・ベルドゥーチ氏がいう。

「イチローが優秀な先頭打者であることは間違いない。だが、出塁率がほぼ同じということを考えると、明らかにイチローよりパワーがあるマツイの方が、より攻撃的なプレーヤーだと私は見ている」

 加えて、ビーンGMは「空振りが少なく、流し打ちができる」と絶賛する。

「ヤンキース時代、松井が2番を打ってヒットエンドランを決めたシーンは、日本では驚かれましたが、松井のバットをボールに当てる技術からすれば難なくできること。MLBでは松井のテクニックは高く評価されています」(古内氏)

 ア軍は10年シーズン、貧打に泣いた。チーム本塁打数は、リーグ14球団中13位の109本で、チーム最多はケビン・クーズマノフの16本。打点はカート・スズキとクーズマノフの71点が最高だ。松井の10年シーズンの成績(21本、84打点)を当てはめると、打点と本塁打でトップとなる。