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Columnコラム

スポーツナビ 梅田香子 2004/04/22
松井秀喜、連続試合出場の価値とは
梅田香子の『松井秀喜 メジャー交友録 2004』 VOL.3
ボンズ、イチロー、野茂……今年は稀に見る記録イヤー

 バリー・ボンズ(ジャイアンツ)が4月13日(日本時間)、歴代3位に並ぶ660号本塁打を早くも達成した。

 2004年の大リーグは記録イヤーと言っていい。22日時点で、グレッグ・マダックス(カブス)の300勝はあと11勝と迫っているし、パドレスの抑えトレバー・ホフマンの通算400セーブも間近だから、中継ぎの大塚晶則の役割も重大だ。

 野茂英雄は22日の勝利により、あと5勝で日米通算200勝を迎えるし、イチローもまもなく日米通算2000本安打に到達するのだが、その歴史的な瞬間、この2人はどういうコメントをしてくれるのだろうか? なんとなく想像どおりのような気もするし、その反面、まったく意表を突かれるような気もするので、今から楽しみでならない。

 名球会といえば、日本のプロ野球で200勝、2000本安打を記録した選手だけが入会できる親ぼく団体である。昨年のオフ、同会では「日米通算の数字でも入会は可能」という規約改正が決定した。つまり順調に行けば、野茂とイチローは今季、「名球会」入りを果たすことになる。王貞治ダイエー監督が代表幹事なので、記録を達成したらすぐに手紙を送るそうだ。

ケガだけでなく不振とも戦う大記録

 松井秀喜の方は大事な記録がかかったシーズンを迎えている。あと87試合出場し続けると、1500試合連続出場をマークするのだ。順調に行けば、オールスター前にはこれを達成するはずだが、過去に1500試合連続出場を果たしたのは日米合わせても、カル・リプケン(2632試合)、衣笠祥雄(2215試合)、ルー・ゲーリック(2130試合)の3人しかいない。

 これは連続記録だから、1回途切れると振り出しに戻るので、どうも今の大リーガーを見ていると、この連続出場記録を破る第2のリプケンはなかなか現れそうにない。だからこそ、ホームランほど派手さはないが、価値のある記録とも言えるのだろう。松井秀はその最先端にいるのだから、今後も故障知らずで頑張ってもらいたい。

 もちろん連続記録の敵は「ケガ」だけではなく、あまりに極度な不振が続くと、出番は回ってこなくなる。が、松井秀のバットはどうやら少しずつ、本来の調子を取り戻しているようだ。

ヤンキースの負担となった日本開幕戦

 日本から戻って来てからの2週間、松井だけではなく、ヤンキース打線は不振を極め、アレックス・ロドリゲスもバーニー・ウィリアムズも、1割台の打率にあえいた。

 ヤンキースは今年の開幕を日本で迎え、米国へ戻るという変則スタートだった。疲れと時差ボケ自体は、1週間もあれば、なんとかなりそうなものだが、NBAにしても、開幕を日本でやって、その後好調を維持した例はこれまでにもない。開幕戦は、やはりどこかで選手の負担になっていたようだ。

 幸か不幸か、ロドリゲスもウィリアムズも、もともとスロースターターで、5月過ぎてから調子を上げていくタイプだ。トーレ監督も、
「ケガとか、まったく打てないとか、そういう状態ではないから大丈夫。このまま静観するつもりだ」
 とどっしり構えている。

松井稼は記録へのこだわりなし

 連続出場記録で言えば、松井稼頭央も負けていない。
 4月22日(日本時間)の時点で日米通算1158試合連続出場を続けている。もっともメッツのアート・ハウ監督は、松井秀の記録を尊重しているヤンキースのジョー・トーレ監督とは違って、あまり(記録に)こだわりたくはないそうだ。

「記録は日本で終わっているものだ。彼はここで新たなキャリアを始めたのだから、休養が必要だと判断したら与えるつもりだ」
 とキッパリ。これを伝え聞いた松井稼も、
「監督と同じ意見です」
 とあっさりしたものだった。

長丁場を戦う大リーグでは休養が大事?

 大リーグの場合、日本より多い年間162試合。しかも1985年からは今のポストシーズン制度が導入されたから、さらに1カ月を戦い抜かなければワールドチャンピオンの栄光には手が届かないのである。

 マリナーズのイチローも疲れはあっても休みたがらないタイプだし、指揮官の方も休ませたくはないトップバッターだが、あえて隙間を縫うようにして、これまでシーズン中は休養を与えてきた。

 そのイチローとの対談では松井秀も、シーズンは長いから、どこで練習時間をとるかということより、どこで休むかを考えるようになった、と互いにうなずき合っていた。

 やはり端から見ている以上に、連続試合出場というのは大変な負担となるようだ。松井秀喜と稼頭央、連続出場記録の軍配はどちらに上がるのだろうか?
スポーツナビ 梅田香子 2004/04/15
高津のメジャー人生はスタートしたばかり
梅田香子の『松井秀喜 メジャー交友録 2004』 VOL.2
朗らかに振り返ったメジャー初登板

「ああいう形で初登板するとは思わなかったんですけど…。後で聞いたらベンチでは次、抑えたら行こう、と監督やコーチが話していたそうですが、僕はブルペンにいたじゃないですか。知らなかったから、驚きました。でもメジャーで最初のバッターが松井というのも良かったかもしれない。楽しかったです」
 ニューヨーク遠征を終えて、ようやく本拠地のシカゴも戻ってきた高津臣吾投手は、意外なほど朗らかにヤンキースタジアムでの初登板を振り返った。

 93年に松井からプロ初ホームランを打たれていて、少なくともヤクルト時代は松井について質問されるのは好きではなかったはずだ。しかし、高津はニコニコと目が笑っていて、とても嫌がっている様子ではない。自軍の好調ぶりを喜んでいるようにも、念願かなってメジャーリーガーになったことがうれしくてたまらないようにも見えた。
「(ホワイトソックスは)なかなか楽しいチームです。明るくって、なんだかみんな笑ってばっかり。焦らずチャンスを待って、チャンスが来たら、きっちり結果を残しますよ」

 近著『ナンバー2の男』(ぴあ出版刊)にはこんな一文がある。「松井秀喜にホームランを打たれた日がボクの初セーブだったのに、そのことばかり訊かれたから、あの時は気分は良くなかったですね。その後の対戦成績も悪かったし、一発があるから、イチローよりも投げにくいかもしれない。モーションでごまかしたり、あまり投げたことがないカットボールを投げたり、いろいろなことを試してましたけど、なかなか抑えられなかった」
 高津と松井の日本での対戦成績は、通算18打数8安打、4割4分4厘、3本塁打。ちなみにニューヨークでは試合前に、松井からおすすめの日本食レストランを何件か教わっている。

奇策でも何でもなかったギーエン監督の高津起用

 8点リードで迎えた9回裏、就任1年目のオジー・ギーエン監督が動いた。
「ピッチャー、タカツ!」
 ヤンキースタジアムの観客がどよめいた。

 もちろん松井秀の打席だということが、ギーエン監督の念頭にはあった。何とも粋な采配ではあるが、単なる思いつきではなく、キャンプインする前から、「自分もベネズエラ人だから高津の気持ちが理解できるつもりだ。いきなり知らない外国に来て、違った野球、違ったボール、違ったグラウンド、違ったチームでプレーするのだから、慣れるまで時間がかかって当然だ。いきなり大役を押しつけるのではなく、少しずつプレッシャーのかからない場面でチャンスを与えていきたい」
 という持論を口にしていたのだから、彼にしてみれば奇策でも何でもなかった。

 結果として、内角に入った甘いカーブを松井に二塁打を打たれたのは既報された通り。試合終了後、
「ホッとする気持ちとスッキリした気持ちが半々。ここまで来るのが長かったし、つらいこともあった。松井君には失礼な球を投げてしまった」
 と高津は振り返っていた。クロスビーに右中間スタンドへ1号2ランを運ばれ、メジャー初登板は1回を投げて、2安打、1四球、2失点。もっともくよくよ悩んでいても仕方がない。週が明けると、
「またすぐヤンキース(4月20日から3連戦)とありますよね。フフフ」
 と不敵にほほ笑んでいた。

シカゴ住民の特徴をすでに受け継いでいる高津

「ギーエン監督は一口で言うと、そうですね、やかましいですね。(笑)いつも何か言って、みんなを笑わせています。日本の家族がお土産を持ってきたので、プレゼントしました。甚平と雪駄。“夏に着ると涼しい”と説明したら、“じゃあ、夏になったら着る”と言ってましたよ」
 なんだかギーエン監督なら本当に着かねない。日米野球でダイエーの右田とジャンパーを交換した後、気にいって2年ぐらいはそればかり着ていた。それにあの風ぼうだ。30球団のどの監督よりも甚平が似合いそうではないか。少なくともジョー・トーレ監督よりは絶対に似合うはずだ。

「この球場(USセルラーパーク)は入団会見の時に、初めて来たけど、雪で真っ白だったでしょ。白くない時に見ると、あらためて全米で一番きれいな球場だな、と思いました。なんだかシカゴの人って暖かいですしね。借りたアパートも昨日初めて入ったんですけど、何だか落ち着きます。日本のスーパーにも行きましたよ」

 高津はまだ全米の球場をすべて見たわけではないのに、ホワイトソックスの本拠地USセルラーパークを「全米で一番きれいな球場だ」という言い方をした。これはシカゴの住民の最大の特徴と言えて、何かとつい「シカゴが一番」と決めつけてしまうのだ。“朱に交わる”とはよく言ったもので、高津にはすでにその兆候が見られた。それだけホワイトソックスに溶け込んでいる証といえるのだろう。

ニューヨークに負けるな! シカゴアンの熱い声援

 それから、もうひとつ。シカゴの人たちはニューヨークへの対抗意識がコトのほか強く、野球だろうと、バスケットボールだろうと、各種の産業だろうと、何かというとニューヨークと比較してしまい、つい「ほかには負けてもいいから、ニューヨークにだけは負けるな」と口にしてしまいがちなのだ。もっともこれはシカゴアンの一方的な思いで、ニューヨーカーのほうは特に意識していないあたり、なんだか不思議なのだが、面白い。機会があったら、試してみるといい。

 シカゴ出身のアメリカ人に、
「私はニューヨークなんかより、シカゴの方がずっと好きですね」
 と挨拶がわり話しかけたら、たちまち打ち解けて話しが弾むはずだ。

 ホワイトソックスが次にヤンキースと当たる舞台は、このUSセルラーフィールドだ。高津が松井と再び対戦しようものなら、ニューヨークの時の何倍もの声援がスタンドから浴びせられることになるだろう。

 すべてはまだスタートしたばかりなのだ。
スポーツナビ 梅田香子 2004/04/01
ヤンキースにとってデビルレイズが手強い理由は? MLB日本開幕戦 総括コラム
ヤンキースを知り尽くす男、ルー・ピネラ

「私は勝つために日本に来た。ここは松井の国で、みんながヤンキースの勝利を願っているのは百も承知だ。だからこそ、ここで勝って、それをはずみにデビルレイズを一気に走らせたいんだ」
 そう言って、ルー・ピネラ監督は満面にほほ笑みを浮かべた。かつてヤンキースでプレーしていた頃、ピネラは今より体型だけではなく、顔の輪郭がやせていて、「スイート・ルー」とあだ名されるほど甘いマスクをしていた。

 デビルレイズが本拠地を置くタンパは、いわばピネラにとって生まれ故郷。スパニッシュ系のコミュニティーで育った。ヤンキースではゼネラルマネージャーまで務めたのだから、ヤンキー・ウェイといい、オーナーのジョージ・スタインブレナーのやり方といい、知り尽くしている。

「名将」は気の短さでも一番?

 1990年にはシンシナティ・レッズの監督として、トニー・ラルーサ(現カージナルス監督)率いるアスレチックスとワールドシリーズで激突。勝利を収めて一躍、「名将」の仲間入りを果たした。

 日本ではまず最初、マック鈴木がマリナーズ入りしたときの監督として、顔も名前もおなじみとなった。さらに佐々木、イチローと続いたのだから、どっと押し寄せた日本のメディアには相当に辟易(へきえき)とさせられた様子だったが、不思議と大きなトラブルにはなっていない。というより、幸か不幸か、日本人メディアにピネラと大たちまわりを演じるほどの猛者はいなかったようだ。

 ピネラといえば、ラルーサと並んで「バッド・テンパー(タチの悪い短気)」として知られている。筆者も過去に数回、シンシナティやシアトルで地元の新聞記者の胸ぐらをつかみ、鼻と鼻を接近させてツバを飛ばし合いながら、怒鳴り合いのケンカをしている場面を見聞きしたものだ。

 日本だったら監督とケンカをしたら、取材する側も所属団体もなんらかの規制がかかりそうだが、そこはやはりアメリカ。翌日は両者ともにケロリとして、取材する側とされる側に徹していた。

ピネラ「日本開幕戦は大きなチャンスだった」

「日本での開幕戦の話が具体的になったとき、私は即座に“行きたい”と思った。タンパが国際都市になる大きなチャンスだからね。どうせ日本では知られていないんだろうし」

 ピネラ監督は続けた。
「ミーティングでは、もっと賛否両論が飛び交うかと思った。意外なことにすぐに意見はまとまった。ほんの数人が“女房と相談してから”と即答を避けたが、彼らもほとんどが“日本でオレたちの力を見せてやろう”と乗り気だったんだ。対戦相手がヤンキースというのも大きな魅力だった。ドン・ジマーのこともあったから、彼のためにもみんな一泡吹かせたかったのだと思う」

ドン・ジマーの因縁対決 まずは1勝1敗

 ヤンキースで作戦参謀としてジョー・トーリ監督を支えてきたジマーが、シニア・アドバイザーとして今年からデビルレイズ入りしている。トーリ監督ではなく、スタインブレイナーと衝突したのはもはや周知の事実だろう。
「ヤンキースを去った理由はただ一つ。あの男がオレを犬みたいに扱ったせいだ。50年以上野球をやっていて、あんな屈辱は初めて受けた」

 ジマーといえば、昨年のポストシーズンでペドロ・マルティネス(レッドソックス)に突進していった光景が、今だに記憶に新しい。ピネラとは息がピッタリと合ったいいコンビである。
「いや~ワシも年のせいか、ルーには勝てないな。うちの監督は誰よりも早くベースを引っこ抜き、誰よりも遠くに投げ飛ばすことができるんだからな」

 日本での開幕戦はとりあえず1勝1敗で終わった。シーズンはまだ始まったばかり。デビルレイズの面々は今後も、ヤンキース戦では親の敵とばかりに、全精力を傾けてくるに違いない。