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Columnコラム

スポーツナビ 畑中久司 2009/10/31
第2戦で放った本塁打は、松井の運命を変えるか
通常通りクラブハウスでの記者会見

 新しいヤンキー・スタジアムにはメディア専用の階段ができた。2階にある記者席から地下のクラブハウスまで、昨年まではファンに混ざってスロープを降りるかエレベーターに乗るしかなかったが、今年から様変わり。メディア全員に好評だったこの専用階段が、メディアであふれかえり、一歩も身動きが取れない状況に陥った。

 ワールドシリーズ第2戦。ヤンキースが1勝1敗に戻した試合直後のことだった。

 聞けば出口となるべき扉が封鎖されているらしい。というのも、このワールドシリーズはジョージ・スタインブレナーオーナーによる開幕戦以来の“御前試合”で、オーナー御一行様がクラブハウスレベルを通って球場を後にするまで、通ることさえできないようにしたのではないかということだった。

 「これじゃあ、松井のヒーローインタビューに遅れちゃうかも」

 そんなことを周りの記者仲間と話していたのだが、まったくの杞憂(きゆう)に終わった。

 ポストシーズンではその試合のヒーローと認定された選手は記者会見場に呼ばれ、メディアとの質疑応答がある。実際に松井秀喜は2003年のワールドシリーズ第2戦で本塁打を放って呼ばれているし、2006年のリーグ優勝決定シリーズでは田口壮(当時カージナルス)が通訳なしでメディアの質問に答えた。

 階段で待ちぼうけを食らっている間、松井には記者会見への声が掛かるものと筆者は疑わなかった。ところが、会見の場に現れたヤンキースの選手は、勝ち投手のA・J・バーネットと同点弾のマーク・テシェイラ。松井はクラブハウスで通常通りの記者会見だった。

 「時間的にも通訳がいらない選手の方が優先されるのではないか」。ある地元記者はそう話した。「クラブハウスでだって話が聞けるんだからいいじゃない」。あるヤンキースの若手広報の言葉はもっともだと思う。ただ、少し寂しい気はする。何重にも輪を作るアメリカメディアに淡々と答える姿がそこにはあった。

 黙々と仕事をする男――。

 昨今、日本の選手やチームを指して「サムライ」というフレーズがよく使われる。少々食傷気味だが、この男にこの表現は悪くないと思った。チーム内での立ち位置は“助っ人外国人”に近いものがある。結果を出せなければすぐに不要論が噴出し、結果を出せば次の日には必要論が紙面をにぎわせる。契約最終年であることを考慮しても、高く注目を集める存在に違いはない。

ペドロから放った一発

 6年ぶりに出場したワールドシリーズ。第1戦を落とした。松井自身は1安打を放ったが、フィリーズ先発のクリフ・リーの前に打線は沈黙した。

 「この舞台を毎年目指してスプリングトレーニングからやってるわけですから、そういう意味では非常に幸せな気持ちは強い。ただ、結果は残念でしたね今日は」

 独特の緊張感を味わえたのは、最初の数時間だけ。本当ならもっと楽しみたい舞台だったはずだが、試合後の松井はニコリともしなかった。

 そして第2戦。相手はペドロ・マルティネス。その第3打席だった。最速91マイル(約146キロ)と軟投派に変身していたペドロをどう攻略するかが焦点だった。何かを変えるのか。何も変えないのか。

 「どんなピッチャーでも共通してるのは甘い球を打つこと、ボール球を振らないことですから。ストレート系を狙うというところも変わってはないですよ」

 変えない、が松井の答え。それでも、打ったのはカーブ。それも内角低めのボール球。決して甘くはなかった。

 「低かったけど、インコースだった分、対応できたと思う。うまく対応できたっていう、それだけじゃないですか」

 松井独特の感覚かもしれない。自然に体が動いたということか。どんな形にせよ芯でとらえればスタンドインするだけの力はある。そうでなければ、いくらヤンキー・スタジアムが狭いといっても公式戦とポストシーズンで30発は打てないだろう。

監督の言葉が示すものとは

 翌日、地元紙『ニューヨーク・ポスト』のケビン・カナン記者は、指名打者制のない敵地でも松井をスタメンに入れるべきとの持論をコラムで展開。公式練習での監督会見でも、松井の処遇について質問が飛んだ。

 ジラルディ監督は言った。

 「マツイが今年見せた得点能力を見れば、誰だってその打撃を失いたくない」

 会見ではさまざまな要因、エクスキューズにも触れてはいるが、この言葉が何を示すのか。

 1本のホームランが、松井の運命を変えるか。

 松井が守備につけば、ヤンキースを動かす運命の歯車も大きく動き出すだろう。

 泣いても笑っても、1週間後にはワールドシリーズの覇者は決まっている。
スポーツナビ 杉浦大介 2009/10/30
混戦のワールドシリーズ、松井秀喜が決めて1勝1敗に
松井も自画自賛した決勝弾

 1−1の同点で迎えた6回裏、カウント2ストライク1ボールと追い込まれて迎えた5球目―――。フィリーズのペドロ・マルティネスが投じたカーブをとらえた松井秀喜の打球は、ヤンキースファンの待つライトスタンドに吸い込まれていった。

「ペドロが今日も素晴らしいピッチングをしていましたからね。試合の展開の中でも良かったと思う。いいホームランだったと思います」
 試合後、メジャーを代表する千両役者から放った本塁打を松井も自画自賛。
 第1戦で敗れた後の重苦しい空気を振り払う、まさに値千金の一発だった。昨季王者フィリーズの迫力に苦しめられてきたヤンキースは、ここで今シリーズ初めてリードを奪ったのである。

 この松井の6回の打席を迎えた時点で、ペドロの球数はすでに100球に近づいていた。松井、ロビンソン・カノと左打者が続く場面で、左腕のJ・A・ハップかスコット・エアーにつなぐ手もあっただろう(ペドロが最後に100球以上を投げたのは1カ月半以上前の9月13日。ナショナルリーグ優勝決定シリーズ第2戦では、ドジャースを無失点に封じながら7回87球で交代していた)。
 しかし同じ6回裏、マーク・テシェイラ、アレックス・ロドリゲスに対しペドロがあまりにも素晴らしい投球をしてしまったことで、チャーリー・マニエル監督の決断が鈍った部分もあったのかもしれない。

苦しい試合をものにした大きな勝利

 いやそれよりも今夜ばかりは、難しい球を右翼席まで持っていった松井をただ称賛するべきだろうか。ペドロは試合後に「あそこで(カーブを)投げるべきではなかった」と悔やんだが、しかしあの1球は失投には見えなかった。

「打った松井を誉めるしかないね。カーブを打つ技術は素晴らしい。マニー・ラミレスをほうふつとさせるよ」
 筆者の近くで試合を見ていた『フィラデルフィア・デイリーニュース』の記者はそう感嘆していた。変化球打ちの上手さではMLB有数のマニーと比べるのはオーバーにしても、ボール気味の球をすくい上げた一打が見事だったのは事実。そして結局はこの1点が決勝点となった。相手打線の勢いを寸断した先発A・J・バーネットとともに、松井もシリーズ初勝利の功労者となったのだ。

「私たちは1年を通じて粘り強かった。厳しい敗北の後でもすぐに盛り返してきたんだ。今日はいつも通りの仕事を果たしただけだよ」
 ジョー・ジラルディ監督は試合後にそう強がったが、しかしそれほど余裕のある流れではなかった。CC・サバシアを起用して臨んだ第1戦を落とし、鬼のように打ちまくっていたA・ロッドも失速。そんな中でも第2戦で苦しい試合をものにし、対戦成績をイーブンに戻せたことには大きな意味がある。
 まだ「有利になった」とまでは言い切れないが、少なくともこれで気分良く敵地へと旅立てるはずだ。

前評判通りの展開へ

 2009年ワールドシリーズは、2戦を終えて1勝1敗。シリーズはこれからフィラデルフィアに舞台を移す。開戦前から「近年最高の激戦シリーズになるか」と話題を呼んだ対決は、前評判通り混戦の様相を呈し始めている。
 今季半ばごろから「リーグ最強」の評価を欲しいままにしてきたヤンキースにとっても、昨季王者はやはり恐るべき相手のようである。

 フィリーズといえばパワーばかりが特筆されるが、最初の2戦で誇示したように、打線だけのチームでは決してない。第1戦を支配したエースのクリフ・リーは今後もヤンキースにとって脅威の存在であり続けるはず。今夜の試合でジミー・ロリンズがバーネットを揺さぶったように、足で相手守備にプレッシャーをかけることもできる。また第1戦では遊撃手のロリンズが、飛球を処理した際に走者の松井をわなにはめる印象的なトリックプレーを見せてくれた。

「大試合で試みるには度胸のいるプレー? その通りだけど、シーズン中も何度か成功していたから自信はあったんだよ」
 今夜、試合前の記者会見からの帰り道につかまえて話を聞くと、ロリンズはいつもの少々格好つけた調子でそう話してくれた。そう、何よりこの自信に満ちた態度、普段通りの野球に取り組む姿勢こそがフィリーズの怖い部分なのだ。その点が揺らがない限り、ツインズやエンゼルスが犯してくれたような浮き足立ったミスを、ヤンキースはフィリーズから期待することはできそうにない。

地元では圧倒的な強さのフィリーズ

 その自信の震源地は監督であるのかもしれない。今夜の第2戦の8、9回、ヤンキースの守護神マリアーノ・リベラに39球を投げさせた見応えある攻防の後で、マニエル監督はこう述べている。
「私たちはリベラだって打つことができる。どんなクローザーだって打ち込める。すでにそれを証明して来たんだ」

 史上最高のクローザーと呼ばれる男ですら、恐れるに足らず。だとすれば、もちろんヤンキースのオーラなど恐れる必要もない。
 そしてこの誇りに満ちあふれたフィリーズは、この時期には圧倒的強さを誇る地元での戦いに臨むことになる(過去2年のプレーオフ戦でホームでは11勝1敗)。ニューヨーク以上に熱狂的なファンが、ゲームを通じてタオルを振り回し続ける敵地。全米一と言われる強烈なヤジが飛び交う完全包囲網の中で、ヤンキースは冷静さを保ち、昨季王者を下せるのかどうか。

 波瀾(はらん)万丈だった09年シーズンは、ここにクライマックスを迎える。アメリカが誇る古都・フィラデルフィアの地で、今季のチャンピオンに相応しいのがどちらであるかはっきりと見えてきそうな気がしてならないのだ。
草野仁の日々是精仁 2009/10/28
いざ、ワールドシリーズへ
二ューヨーク・ヤンキースがアメリカンリーグ優勝決定シリーズでカリフォルニア・エンゼルスを降して6年ぶりにワールドシリーズ進出を決めました。試合後いわゆるシャンパンファイトでシャンパンを掛け合ってヤンキースの選手たちがお互いの健闘を称え合い、アメリカンリーグの代表になれた喜びを分かち合う様子がテレビで流されました。中でも松井秀喜選手が最高の笑顔でシャンパンをかけながら、インタビューにも快く応じていた姿が印象に残りました。

彼がヤンキースの一員になった6年前、ヤンキースはプレイオフシリーズ、リーグ優勝決定シリーズを勝ちワールドシリーズに駒を進めましたが、フロリダ・マーリンズに2勝4敗で敗れ、世界一にはなれませんでした。1年目としては彼は良く頑張ったし、ましてポストシーズンを最後まで戦ったのだからある程度の満足感を持って帰国したのだろうと私は思っていたのですが、そのことについて聞くと「充足感は全くありません。ワールドシリーズで勝てなかったのは極めて残念です。野球はチームの優勝のためにやっているのですからね」という返事が返ってきたのです。

チームが勝てなければいくら自分が打ってもそこに喜びは無いという松井選手の考えは野球という団体スポーツの原則を大事にするもので、本来野球に参加する一人一人が持っていなければならないものなのですが、意外に期待値の大きな選手ほど自分が打とう、自分が活躍しなければという思いに縛られていることが多いものです。ところが松井選手はチームのために最大限に貢献する姿勢を日本でもアメリカでも貫き通してきました。ここは自由に打ちたいだろうなと思えるところでもきっちりボールを見極めて塁に出ることを目標にストイックな姿勢を崩しません。

その姿勢を大リーグでも続けてきたので、最高の目標にしていたワールドシリーズに6年ぶりに進出できたことを心から喜んでいることでしょう。日本のプロ野球にも在籍し大活躍したチャーリー・マ二エル監督率いる昨年の世界一チームであるフィラデルフィア・フィリーズは強敵ですが、今年のヤンキースは問題だった投手陣にサバシア投手、バーネット投手が加わり安定感が出てきましたし、ワールドシリーズは選手生活16年目で初出場になるA・ロッドが闘志を燃やしているので、ヤンキースが勝つ可能性も高いような気がします。

松井選手はこの4年間、左手首の骨折、右膝、左膝の手術と苦難を乗り越えて頑張ってきました。今年も守備につく準備はしていましたが結局DHでの起用で、出場も随分制約を受けてきました。とはいえ、そうした悪条件の中で本当に良く頑張って、シーズンの終盤にジラルディ監督の信頼を勝ち得ました。そんな松井選手ですからワールドシリーズでも何かやってくれそうな気がしてなりません。日本時間29日の開幕が待ち遠しいですね。
スポーツナビ 杉浦大介 2009/10/17
ヤンキースが「勝利の方程式」で好発進 ア・リーグ優勝決定シリーズ第1戦リポート
松井の放った最も価値のある安打

 初回に2点を先制し、その後も毎回のように走者を出しながら追加点は奪えず、ヤンキースに少々嫌な雰囲気が漂い始めた5回裏――。
 1死一、二塁の好機で、松井秀喜が勝負強さを発揮した。エンゼルスの先発ジョン・ラッキーが投じた外角の変化球をとらえると、打球は左中間を奇麗に切り裂く。このタイムリー二塁打でヤンキースに待望の3点目が入り、試合の流れもあらためて明確になった。
「1点を入れられて1点差になったあとだった。そういう意味では貴重な追加点だったし、良かったと思います。(打ったのは)ボール気味のチェンジアップ。うまく付いていけた感じですね」
 試合後、松井もそう語って自画自賛。実際に今夜のヤンキースの攻撃の中で最も価値のある「安打」を挙げるとすれば、それはこのタイムリーだったろう。

エンゼルスはまさかのミスを連発

 しかし……そんな松井の活躍も、今日の試合の中の最大のストーリーというわけではない。
 今季のヤンキースを形容するときに、「almost too good to be true(うそみたいにうまくいく)」という言葉が使われることがある。高齢選手たちは誰もが大きなケガなく1年を過ごし、多くが自己最高に近い数字を残して来た。地区シリーズでも委縮したツインズは考えられないような走塁ミスを繰り返し、おかげで特に脅威を感じることもなくスイープ勝利。そしてその異常なほどの幸運は、アメリカンリーグ優勝決定シリーズ第1戦でも健在だった。

 ジョー・ジラルディ監督が「今日のようなことが毎日起こるとは思わない方が良い」と述べた通り、今夜のエンゼルスも信じ難い凡ミスを連発。
 初回にはレフトのフアン・リベラが悪送球でジョニー・デーモンに余計な進塁を許してしまうと、続いてショーン・フィギンスとエリック・アイバーの三遊間は松井の平凡な飛球をお見合い。6回にはラッキーがけん制悪送球で走者を2塁に進めてしまい、続くジーターの適時打で再び不必要な1点を与えた。「スキのない野球を得意とする」と喧伝(けんでん)されたエンゼルスが、この大舞台でまるでビギナーのようなプレーを繰り返すなど誰が想像できただろう?

実力とタイミング、そして運

 ただ、「ヤンキースが幸運だけで勝ち続けている」などと言いたいわけでももちろんない。運とはただ訪れるものではなく、自ら切り開くものである。
 今夜はまず先発のCC・サバシアがマウンドに仁王立ちし、大一番の初戦独特のプレッシャーを奇麗に取り除いてくれた。「CCのピッチングに尽きると思います」と松井も試合後に開口一番語った通り、相手のうるさい1、2番打者(フィギンス、ボビー・アブレイユ)を完ぺきに封じた投球はエースの風格十分だった。
 自慢の重量打線も、第1戦ではホームランはゼロ。好投手が集まるプレーオフではやはり本塁打攻勢は難しい。ならば別のやり方で得点を挙げなければいけないところで、主砲アレックス・ロドリゲスは初回に犠牲フライを打ち上げて無難に仕事を果たした。松井やジーターも、センターから反対方向に無理せずはじき返して追加点を挙げた。
「先発投手が好投し、必要なだけ得点し、そしてマリアーノ・リベラにつないで逃げ切る」
もう遠い昔に思える90年代の黄金期に、ヤンキースが築き上げた「勝利の方程式」。それに倣った勝ち星だったがゆえに、例え相手のエラーに助けられた感はあっても、松井も「ただラッキーだった(で勝った)とは思いませんよ」と胸を張ったのだろう。

 秋の戴冠に必要なのは、「実力とタイミング、そして運」。そのすべてを備えていることを第1戦であらためて証明し、ヤンキースの視界は極めて良好。「too good to be true」の日々は、どうやらまだまだ続きそうな気配である。
夕刊フジ 2009/10/15
松井一問一答「最大の努力していれば動揺などしない」
 5年ぶりに地区シリーズを突破したヤンキース。今季契約最終年で去就が注目される松井秀喜外野手(35)はリーグ優勝決定シリーズのエンゼルス戦に向け、「自分たちのペースで試合ができれば十分に勝機はある」と自信を見せる。プレーオフ前の数日間にわたって直撃、自身初のワールドシリーズ制覇への意気込みやプライベートについて聞いた。

 --プレーオフでの抱負は

 「接戦をものにできているのが今季のヤンキースの強み。でも、プレーオフはまた別の話。一つ一つ大事に勝っていきたい。ワールドシリーズ?それは行きたいけどね。まだ決まったわけじゃないから。油断しないで頑張ること」

 --起用法などについて監督からは

 「別に何も言われていない。その日監督に『行け』と言われたら行く。指示に従うだけ」

 --来季の去就問題など雑音も多い

 「今はそのことは考えない。まずは今季をいい形で終えること、それからです。それにその問題は自分の力が及ばない部分もあるから、考えても仕方ないこともある」

 --打撃の調子が上がらないときなどに心がけていることや特別な調整法は

 「特別な調整法などはない。普段どおりのことをやるだけ。毎日、毎試合、反省する点は必ずある。それをしっかり受け止め、かつ、あまりまどわされないようにもしている。個人の成績は、今は以前ほど気にならない。もちろん、自分が活躍して勝てれば一番うれしいけど、大事なことはチームの勝利に貢献できるよう、日々良くなっていくこと、それだけ」

 --常に冷静だが、どのように平常心を保っているのか

 「うーん、別に意識していないけど(笑)。でも、常に自分にできる最大の努力、準備をしていれば、自分の中で納得できるから、何が起こっても動揺せずにいられるのでは」

 --落ち込んだときの解消法などは

 「いや、ほんと、何もないです(笑)。野球で落ち込んだときは、他の何かで解消はできない。野球の落ち込みは、また良い野球をすることで晴らすしかない」

 --チームメートのジーターにはよく相談もすると聞く。他に良きアドバイザーは

 「ヨギ・ベラさん(1940~60年代に活躍したヤンキースの名捕手)には、よく話を聞きます。ほんとに面白い人で、ためになる」

 --試合前や雨の日など、よく読書している姿を見かけるが、一番好きな作家は?

 「1人選ぶのは難しいな。三島由紀夫かな。とりあえず、三島は全作品読んでいる」

 --三島小説で一番好きな作品は

 「『午後の曳航』ですかね。あれはいい作品だと思う。特に男には勧めたいね。え、女性には? どうかなあ、女性にはあまりお勧めの内容ではないかな(笑)」

 《同作品は、少年と未亡人の母、その母と情事をする船乗り、3人の葛藤などを描いたもので、最後は少年たちが男を死に追いやる。複数映画化された》

 --そういえば赤ワイン好きと聞いた。ロッカーには「オーパス・ワン」(カリフォルニア産高級ワイン)もあった

 「あはは、赤ワインは好きで、たしなみます。オーパス・ワンは確かに高いだけあっておいしいし、好きだけど、高すぎるよね。あんなに高くなくても、20ドルくらいで、おいしいのがたくさんあるじゃない?それでいいかなとも思うよね」

 悲願のワールドシリーズ制覇で、勝利の美酒、オーパス・ワンのコルクを抜くことができるか。その前の関門、エンゼルスとのリーグ優勝決定戦は、日本時間17日から始まる。
web Sportiva 2009/10/13
今季のプレイオフにかける松井秀喜〜スタート地点に立ったヤンキース
【新たな息吹と”ノリ”】

 クラブハウスにロック調の爆音がこだまするときもあれば、サヨナラ勝ちのヒーローには、顔にクリームパイが投げつけられる。伝統と格式を重んじるヤンキースにこれまでなかった”ノリ”が、今季のチームにはある。今オフ新加入したスウィッシャーや、A・Jバーネットがもたらしたものだ。

 松井が8月に敵地での宿敵ボストン戦で1試合2発と大暴れしたときは、試合後ボストンの小さいシャワールームで、スウィッシャーが奇声を上げた。

「マートゥーイ、フォーーーーーー!」

 今季は、新たな息吹が加わり、これまで支えてきた古参の選手とうまく融合した。新球場元年に新生ヤンキースが、2年ぶりの地区優勝を果たした。

 もちろん、他のチームであれば、諸手を挙げて喜ぶべきことだが、このチームではそうはいかない。世界一をとらなければ、何の価値もない。ヤンキースはそういう宿命を背負っている。

 地区優勝を決めてシャンパンシャワーに参加した松井は、仲間と喜びを分かち合ったが、10分も経たずに、ロッカー奥に消えてしまった。

「最初のステップをあがることができた」

 背番号55は、全身に美酒を浴びながらも、いつもと変わらぬトーンで言った。

 ジラルディー監督も、今季新加入のテシェーラでさえ、同じような言葉を使った。

「これからが本当の戦いなんだ」

 秋の深まりを感じる10月、ようやくヤンキースはスタート地点についた。


【変わりつつある風向き】

 松井が入団して7年目。いまだ、チャンピオンリングは手元にない。さらに、ここ数年は、松井にとって過酷なものだった。05年から07年は、すべて地区プレイオフで敗退。昨年はプレイオフすら出場できなかった。

 松井本人も、相次ぐ怪我に泣かされる。06年は左手首骨折、07年オフには右ひざ手術、そして、昨年はシーズン終盤で離脱し、左ひざにメスを入れた。鉄人と言われた男も、いつしか満身創痍。100kg近い体を支えてきた両ひざは、もう元には戻らないだろう。

「ここ数年の悔しさがある。しっかり準備して勝てるようにプレイするだけ」。

 プレイオフに向けてのコメントで、珍しく感情をむき出しにした。今年はヤンキースとの契約最終年。ひざの状態、チーム状況、年齢。松井が今季で放出されるという見方は、地元メディアの間でもいまだに強い。それだけに、今年のプレイオフには期するものがある。

 10月7日、ツインズとの地区シリーズ初戦、松井はセンター最深部へ2ランを放った。今季、幾度となく失速した打球方向だったが、この日は風速10m以上の強風にあおられ、フェンスを越えた。

「最後は風の一押しがあった」

 続く第2戦では、松井は無安打だったが、ヤンキースは延長11回、テシェーラの一撃でサヨナラ勝ち。5万人を超えるファンの耳をつんざくような大歓声がスタンドを揺らした。

 ここ何年も逆風だったヤンキースと松井の風向きが、今、変わりつつある。
NHKスポーツオンライン 高橋洋一郎 2009/10/12
161ストリートに住むゴースト
アメリカン・リーグの地区シリーズ、ヤンキースタジアムで行われたツインズ対ヤンキースの第2戦後。
サヨナラ勝利にわいたロッカールーム内もあらかたの選手がすでに着替えを終え、大分落ち着きを取り戻した頃、キャプテンのジーター選手にこんな質問が飛んだ。
「161ストリートの向こう側に住むゴーストが今年初めて現れたのかな?」

“161ストリートの向こう側“とは旧ヤンキースタジアムのこと。
新旧のヤンキースタジアムはこの161ストリートをはさんで建っている。
これまで数々の信じられないようなドラマを生み出して来たその地にはまさに“ゴースト”が住んでいる、とジーター選手はかねがね口にしていた。

「今シーズン何度も現れたじゃないか!」
今シーズンのヤンキースは確かにサヨナラ勝ちが多く、その数は15を数えた。
その度に現れていた、と言うのだろうか…。
しかしジーター選手はわかっている。
この“ゴースト”はそうめったに現れるものではなく、少なくともここ数年は全く現れていなかったことを。

9回裏、1対3と2点ビハインドで迎えたヤンキースの攻撃、これまでこのシリーズでヒットのないタシェアラに待望のヒットが出ると、続くロドリゲス選手がクローザーのネイサンから同点2ラン、土壇場で同点に追いつき、そのまま試合は延長戦へ。
ツインズとて引き下がるわけにはいかない。
11回表、今季イチロー選手を抑えてア・リーグ首位打者となったマウアー選手がレフトのライン際へ落ちる打球を放つ。
しかし明らかにラインの内側に落ちたこの打球にファールの判定が下ってしまう。
(審判は試合後、誤判定だった事を認めた)
それでもめげずに無死満塁と絶好のチャンスをつくるも、この試合がプレーオフデビューとなったマウンド上のロバートソン投手からあと1本が打てずに無得点。
その裏に飛び出したのがやっと初ヒットを打ったばかりのタシェアラのサヨナラホームラン……。
あまりに出来すぎたような試合だが、以前にも似たような試合があった。

6年前の2003年10月16日。
ア・リーグの優勝決定戦、レッドソックス対ヤンキースの第7戦。
8回裏、3点差で負けていたヤンキースが当時レッドソックスのエースだったペドロ・マルティネス投手を打ち込み、同点に追いついた、そのホームを踏んだ松井選手が見たこともないジャンプを見せた、あの試合である。
11回の裏、ブーン選手がウェイクフィールド投手からサヨナラホームラン、ワールドシリーズ進出を決めた、あの試合。
その年メジャーに渡った松井選手が、ヤンキースタジアムに住むといわれる“ゴースト”に初めて、そして唯一邂逅したのがこの試合ではないだろうか。
あの瞬間、スタジアムは大きくうねる生き物のようにゆれていた。
そして今回、新しいスタジアムも初めて、ゆれた。

その“ゴースト”はしっかり道のこちら側に引っ越してきている、そして6年ぶりに現れた、というわけである。

先のジーター選手の答えには続きがある。
「今のところまではマジカルシーズン、この先にもすばらしい瞬間があるはずだ」
これまで幾度となくその“すばらしい瞬間”の中心にいたジーター選手が言うのだからまちがいない。
まだこの先“ゴースト”は現れる。ニューヨークの“ゴースト”は秋に現れるのだ。
スポーツナビ 畑中久司 2009/10/09
松井秀、絶対に落とせない一戦で放った一発 ヤンキースに“追い風”の滑り出し
相性のいいツインズ戦

 ツインズの本拠地メトロドームで経験した忘れられない出来事がある。松井秀喜のメジャー2年目、2004年のことだ。

 ホーム側監督室だった。ヤンキースが勝利した試合後の監督会見に参加し、地元メディアの後方から敗戦の弁を聞いていた。話題が途切れたとき、ツインズのロン・ガーデンハイヤー監督は筆者を指差し、こう言ったのだ。

 ”Your guy killed us again.”

 簡単な言い回しだったが、地元メディアも合点がいっている様子で笑っている。筆者もすぐに理解できた。それ以上、質問する必要はないようにさえ思えた。

 「マツイにまたやられたよ」

 ガーデンハイヤー監督がそういうのには理由がある。松井はツインズに相性がいい。

 メジャー7年間で35試合に出場し、通算で打率3割2分5厘、6本塁打、26打点。10試合以上戦っているチームの中では最高の打率を残している。

 年度別に見ると――。

2003年:7試合 .320、1本塁打、9打点
2004年:6試合 .400、3本塁打、7打点
2005年:6試合 .435、0本塁打、4打点
2006年:3試合 .100、0本塁打、0打点
2007年:4試合 .313、2本塁打、3打点
2008年:4試合 .313、0本塁打、2打点
2009年:5試合 .250、0本塁打、1打点

 特に当初の3年間は爆発的に打っていることが分かる。ちなみに03、04年の地区シリーズでツインズと対戦し、ともに1本ずつ本塁打を記録している。

 ツインズ戦になり、ガーデンハイヤー監督の顔を見ると、件の出来事を思い出す。

風を味方にセンターへ本塁打

 10月7日(現地時間)、地区シリーズ第1戦。最近8年間で5度の地区制覇にチームを導いてきた名将は、今回もまた同じことを思っているに違いない。

<第1打席>
 投手:デュエンシング
 2回先頭打者。
 低めの速球を引っ掛けてセカンドゴロ。

<第2打席>
 投手:デュエンシング
 4回先頭打者。
 初球、外角への速球を引っ掛けてファーストゴロ。

 首を傾げたくなるような打席が続き、迎えた第3打席。2点リードの5回2死一塁だった。

 ツインズの2番手左腕フランシスコ・リリアーノが投じた外角への速球を、バットの芯よりも少し先あたりではじき返した。打球はセンターのフェンスを越え、「モニュメントパーク」に飛び込んだ。

 今季公式戦で打った28本塁打のうち、センターの距離表示よりも左側に入ったのは1本しかない。ポストシーズンの舞台でいつもと違う一発が出たのは、松井が大きな味方をつけたからでもあった。

 当日のニューヨーク地方は、朝から強風が吹き荒れていた。ホームから外野方向へ、試合開始時で秒速10メートル、瞬間最大では秒速15メートル。最上階席など球場の場所によっては、台風並みの強風を感じるほどだった。

 「打った瞬間は取れると思った」

 そう言ったのはセンターを守っていたデナード・スパン。俊足外野手が見せた打球の追い方が、異常な条件だったことを物語る。左中間方向へ膨らみながら追い始め、最後はほぼ定位置の真後ろで打球を見送った。

 「最後は風の一押しがあった。風がなかったら微妙じゃないですか」

 松井も風の助けがあったことを認めている。

 さらに、松井に味方したのはリリアーノへのスイッチ。通算対戦成績が4打数無安打の相手がマウンドに上がっても、松井はこう言った。

 「ピッチャーが代わって自分には良かったのかもしれない」

 デュエンシングと対戦した2打席を「打たされた」と振り返るように、どうしても合わない何かを感じていたのかもしれない。

 ポストシーズン通算7本目となる本塁打で4点差となってからは、ツインズの執念が薄れたような雰囲気を感じた。前日、地区優勝決定戦を行い、ニューヨーク入りしたのは午前3時だったという。

 本当の戦いは第2戦から――ツインズは最初からそう思っていたのではないか。だとすれば、ヤンキースは第1戦を絶対に落とせなかった。そこで公式戦のような戦いができたのは大きい。松井にだけではなくヤンキースにも“追い風”が吹いているように見える滑り出しとなった。
スポーツナビ 畑中久司 2009/10/06
松井秀、勝負強さで勝ち取った地位 魔物潜むプレーオフへ向けて
最終戦で1安打「次につながる」

 10月4日(現地時間)のレギュラーシーズン最終戦。6回、松井秀喜はレイズ先発のウェイド・デービスから中前打を放った。地区優勝が決まった9月27日のレッドソックス戦での逆転タイムリーから16打席ぶりとなるヒットだった。

「いい形で打てた。次につながるという意味でも良かった」

 そう言いながら浮かべる安堵(あんど)の表情が印象的だった。頭の中はポストシーズンのことで埋まっているように見えたからだ。

「現時点では(シーズンの)自己判断はなかなかできない」

 いまはまだ振り返るときではなく、あくまでもポストシーズンを含めて判断する、そんな宣言にも思えた。

 半年前を思い出してみよう。

 左ヒザ手術明けで首脳陣から与えられた役割はDH。しかし、ここ数年の傾向として、ベテラン選手の多いヤンキースは、DH枠を使って“半休養”に充てている。となれば、必然的に松井が立てる打席は少なくなる。

 初めから取り巻く環境は厳しかった。

 最終戦が終わって松井がポストシーズンを見据えられる立ち位置にいると断言できた人は、果たしてどれほどいただろうか。

「600打席にも到達せずにこの成績を残しているのは驚き。手術してすぐに以前と同じようにプレーするのは難しいのに、本当に素晴らしいことだ」

 そう言ったのはジョー・ジラルディ監督。少なくとも指揮官にとって松井の働きは“うれしい誤算”だったようだ。

プレーオフでは「5番・DH」

 456打数(527打席)で125安打。
 打率2割7分4厘、28本塁打、90打点。

 これが今季の松井が残した打撃3部門での成績だった。

 松井自身は「打率が低いという感じはある」と表現する一方で、本塁打に関しては「良くもなく悪くもない」と話した。メジャーでの7年間で、最低の打率と2番目に多い本塁打。一見、アンバランスにみえるギャップは、どう説明できるか。

「いろんな要素があると思う」

 松井はそのひと言だけで多くを語ってはくれなかった。分析する角度によってとらえ方が違ってくるからかもしれないが、打者としてのタイプが変わったと見るのも間違いではないだろう。

 成績以前にシーズンを通して気にしたのは、いかにして故障を避けるか。「今年は結果も必要だけど、ケガだけはしないようにしないといけない」。その思いが通じたことが松井には何よりも大きな意味を持っている。

 シーズン終盤に見せた勝負強さは、首脳陣にある決断を促した。ジラルディ監督は最終カードを前に、ポストシーズンで松井を「5番・DH」で起用する方針を明言。「ラインアップの中で重要な役割を担う選手だから」と説明した。

シーズン103勝とチーム力は充実だが

 ヤンキースは松井が入団した2003年以降で最多のシーズン103勝を挙げた。前半戦を貯金14で終え、後半戦は初戦から8連勝。たった1カ月で貯金は30になった。

 ちょうどこのころ、松井は地区優勝への手応えを口にしている。

「チームの状態はここ数年で一番いい。投手陣が安定しているから負けにくい」

 そこで聞いた。
 今年こそ最後まで行けると思わないか?

「いや、プレーオフはまた別の話だよ」

 少し厳しい表情に変わった松井は言った。

 ポストシーズンには魔物が住んでいる。例えば07年の地区シリーズ。突然、大量発生した羽アリがヤンキースの行く手を阻んだのは記憶に新しい。

 そして、必ずといっていいほどドラマが隠されている。

 選ばれし者だけが頂点まで行ける――。

 野球の神様は今季、誰に手を差し伸べるのか。

 新球場に移転して生まれ変わったヤンキースには?
 ピンストライプ姿が見納めになるかもしれない松井には?

 運命のチームを決める戦いがいよいよ始まる。
SPORTS COMMUNICATIONS 杉浦大介「NY摩天楼通信」 2009/10/02
ヤンキース&松井秀喜、約束の地へ
 9月下旬のレッドソックス3連戦にスイープ勝利を飾り、この時点でヤンキースの3年振りの地区優勝が決定。MLBベストチームとの名声を欲しいままにし、これから万全の体制で約束の地・プレーオフに挑むことになる。
 そして、そのチーム内で5番打者の地位を確保してきた松井秀喜の評価も、シーズンが進むに連れて徐々に上がり続けている。オールスター以降の60試合では打率.297、14本塁打、50打点。特に9月は打率.356、5本塁打と絶好調(記録はすべて9月29日現在)で、優勝を決めた9月27日の試合での逆転タイムリーも印象的だった。

「序盤は煮え切らない調子だったのに、完全に転換させたね。今じゃファンや監督にとっても松井以上にチャンスに打席に立って欲しいと思う打者はいないんじゃないか?打撃に関しては衰えを知らない選手だ」
 記者席で筆者の隣に座ることの多い「タイムズ・ヘラルド=レコード」紙のケビン・グリーソン氏は、最近の松井を見てそう語った。そしてこのように松井を賞讃しているのはグリーソン氏だけではない。

 夏場を迎えたあたりからその勝負強さ、確実性を再評価する声は増える一方。7人が20本塁打以上と歴史的な破壊力を見せつけているヤンキース打線の中でも、今やなくてはならない存在となった感がある。
「来季以降にヤンキースが松井との契約を更新することはあり得ない」
 地元では春から通じて、そう考えられていたことは、すでに7月のコラムでも紹介した通り。しかし、これほどの打棒を見せつければ、世論の風向きが変わるのは必然。ファンの間からも「残留させるべき」という意見は聴こえてきているし、その声はヤンキースフロントにも届いていることだろう。

 それでもすべての情報を総合すると、現時点でヤンキースは未だに「松井放出」の方向に傾いているようである。スクープの多さに定評のある「スポーツイラストレイテッド」誌のジョン・ヘイマン記者も、9月26日に同誌ウェブサイト内でこう記述している。
「松井秀喜に親しい人物は彼の希望はヤンキース残留だと証言している。しかしヤンキース側は、DHの席をホルヘ・ポサダや他のベテランたちに空けるために、嫌々ながらも松井を引き止めない方向のようだ」

 チーム内に情報源を持っている人物の言葉だとすれば、ある程度の信用がおける。残留が理想だとするなら、とりあえず良いニュースではないが、しかし以前の「まずあり得ない」という状況を思えば大きな変化。チームフロントも軟化を始めていることはやはり事実のようである。
 そして、松井の近況が良い方向に向かいかけたちょうど良いタイミングで、ヤンキースはこれからポストシーズンの戦いに臨むことになる。

 このままいけば、ヤンキースがワールドシリーズ進出の大本命に挙げられることは必至。だが「過去10年間でシーズンのベストレコードチームが世界一に輝いたのは1度だけ」という驚くべきデータが示す通り、MLBのプレーオフは第1シードチームにとっても決して易しいものではない。

「優れた先発投手、上質なブルペン、勝負強い打撃……と細かく探していったらキリがないが、簡単に言えばシリーズごとに良いプレーをしたチームが勝つ。より良いチームが勝つのではなく、ベストのプレーをしたチームが勝つ。それがプレーオフさ」
 ヤンキースのジョー・ジラルディ監督はそうコメント。実際にレギュラーシーズンの勝ち星などすべて消し飛び、よりギャンブル性の強い戦いが続く。

 近年稀にみるケミストリーが宿っているように思えるヤンキースだが、その魔法がポストシーズンまで続くのかどうかはわからない。1つだけ確かなのは、たとえシーズン中に何勝挙げようと、世界一に辿り着けなければ今季が「失敗」として記憶されていくことだけである。

 そんな必勝の季節の中で、ヤンキース残留に向けて背水の戦いに挑む松井は、これまでの勢いを保ち続けるのかどうか。もしも5番打者が勝負強さを発揮して世界一に大きく貢献したとしたら、ヤンキースが手放さない可能性は大きく高まることだろう。危機を救う救世主的な活躍などできた場合には、世論も一気に残留に傾くに違いない。しかし逆に、再びプレーオフで呆気なく無惨な敗北を味わってしまった場合には……。

 スリリングでドラマチックなMLBポストシーズンが間もなく始まる。
 松井にとって、ニューヨーク残留を賭けた戦いは最後まで続いていく。
MATSUI55.TV 2009/10/01
ワールドチャンピオンに
はい、皆さんこんにちわ、松井秀喜です。
ヤンキースはですね、皆様からの温かい応援を頂きまして、
3年ぶりのアメリカンリーグ東地区のチャンピオンに輝くことができました。

これから大事なポストシーズンが待っております。
ヤンキースはですね、僕がヤンキースに来た2003年以来、ワールドシリーズには出場しておりません。
それ以来のですね、ワールドシリーズ出場を目指して頑張っていきます。
また、ワールドシリーズで勝って、ワールドチャンピオンになりたいと思っています。
ワールドチャンピオンは2000年以来、ですからもう9年間遠ざかっているということになりますので、
今年は実りの秋になるように僕自身も頑張って、ヤンキースにいい秋が来るようにしたいと思います。

それではまた!
講師の心.com 広岡勲 2009/10/01
「不動心の理由」Vol. 5 『壁を乗り越える力-(2)』
9月28日、ヤンキースの地区優勝が決まった。宿敵レッドソックスに1対2とリードされた6回2死二、三塁の場面だった。5番指名打者の松井秀喜選手は、カウント上では斎藤隆投手に追い込まれた形となったが、最終的には甘く入ったストレートを見逃さず、逆転の2点打となる右前適時打を放った。事実上の決勝打。松井選手が、ここ一番の大舞台で見せた打撃だった。

「今年のヤンキースは強くて当たり前」、「あれだけの大型補強をしたのだから勝って当然」という声がある。確かに、サイ・ヤング賞受賞のCC・サバシア投手(7年総額約146億円-投手としてはMLB史上最高額)、シルバースラッガー賞にゴールドグラブ賞受賞のマーク・テシェイラ内野手(8年総額約163億円)などの移籍組選手は、どのチームも喉から手が出るほど欲しかった選手に違いない。その証拠にヤンキースが彼らと交わした契約金も破格である。ただ、契約金額は移籍条件のトップにくる項目ではあるが、やはりそれだけでは名だたる選手を惹きつけるのは難しい。たとえば、MLBを代表する左腕のサバシア投手は、「優勝を狙えるチームに行きたかった」とはっきりと言っている。

「優勝を狙えるチーム」。これが我がヤンキースの代名詞である。今シーズン、サバシアやテシェイラなどの新規移籍組選手の活躍もあって、"他の追随を許さないヤンキース"がよみがえった。従来の選手陣も新規組に劣らない活躍だった。それぞれが最高のパフォーマンスを存分に発揮したレギュラーシーズンだったといっても過言ではない。そして、その中の一人に松井選手を加えても異論は出ないだろう。

「優勝を狙える。勝って当然」と言われ続けることは有難いことだ。それだけすべてにおいて高いステージが用意されているのだから。しかし、いや、だからこそベストパフォーマーが居並ぶ強豪チームでは捨て去らねばならないものもある。それは、"私"である。キャプテンのジーター選手がそうであるように、チームの勝利のためには"私の感情"も"私の記録"も、二の次三の次と割り切れる強さと謙虚さが不可欠なのだ。

そこで前号の、「...大きな身体的ストレスを背負ったままシーズンをこなすことへの折り合いをどこでつけているのだろうか。そのあたりが『壁を乗り越える力』のカギになるかもしれない。その考察は来月までの課題とさせていただこうと思う」の答えである。

巨人時代から松井選手を間近で見てきて最も感じることは、やはり、"我を捨てる"決意の迅速さと精神力の強さである。もちろん、「折り合い」のつけ方は、そのときどきで様々だ。とはいえ、巨人時代もそうだったのだが、ヤンキースのような「勝って当然」のチームに在籍する限りは、チームが勝つためには何をすべきなのか、何ができるのかだけを徹底して主眼に置くことが大切になってくる。

たとえば、10月1日時点、松井選手は28本塁打をマークしており、MLBでの自己最多31本越えを期待する声がたくさん寄せられている。それは本人も一番よくわかっていることではあるが、プレーオフ進出が決まった現時点では逆に難易度の高いものとなってしまった。チームの目標はワールドシリーズ制覇であり、そのためにはプレーオフまでは主力先発選手の調整の場とするのがセオリーだからだ。レギュラーシーズンも残り3試合を切った今、松井選手の打席数も調整されている。彼の気持ちもすでにワールドシリーズの打席に立つことに向いており、記録云々を口にすることは一切ない。私のような凡人からすれば、多少なりとも未練がましい言葉が口をついて出ても仕方がないとは思うのだが、あの割り切りの速さには、「さすが、ここまで来た選手だけのことはある」と感心させられるのだ。

すべてはチームのために―。それこそが松井選手の壁を乗り越える力の源泉だと思わずにはいられない。

(※日付はすべて日本時間)


今シーズンもヤンキースへの、松井秀喜選手への応援をいただき有難うございました。おかげさまでプレーオフ進出も実りました。引き続きワールドチャンピオンリング獲得を目指して、選手スタッフ一同邁進してまいります。皆様の更なるご声援をいただければ幸いです。

また、ここまでこのコラムをお読みいただきまして有難うございました。末尾になりましたが、心より御礼申し上げます。

広岡 勲