ビビる大木の業界おじゃまみ~す☆<裏話たっぷり!?なWeb版>
エンタ界【ハローワーク】シリーズ 2013/06/29
エンタ界【ハローワーク】シリーズ 2013/06/29
スポーツジャーナリスト編 【後編】
松井秀喜とジーターが別格だと思う理由
ビビる大木(以下、ビ):毎試合ごとに取材に応じているんですよね、松井選手は。
古内義明(以下、古):はい。もうほんとにその部分は野球選手の鏡ですね。これまで50人くらい日本人がメジャーに行きましたけど、毎試合取材に応じたのは松井君だけですね。
ビ:あぁ、そうなんですか。すごいですね。ほかの選手は、試合が終わったあと「俺、今日は取材受けないよ」って帰っちゃうこともあるんですか?
古:別に毎日取材を受けなきゃいけないって、決まっているわけではないんです。僕ら、試合終了後10分経ってからロッカールームに入れるんですけど、その10分の間にさっさと帰ってしまう人もいますよ。
ビ:あ、今日は話を聞かれたくないってときはさっさと帰るんですね。やっぱり自分がミスして負けた日なんかは取材されるの嫌ですもんね。
古:あぁ、それで言うと、やっぱりジーターがすごいんですよ。
ビ:ジーター! ヤンキースのキャプテンですね。
古:ジーターは負けた試合のあとは、必ず取材を受けるんです。20人くらいに取り囲まれて、最後のひとりの質問が終わるまで絶対に動きませんから。
ビ:へぇ!
古:キャプテンとしての責任感でしょうね。
ビ:さすがですねぇ。
古:でも逆に自分が打って勝った日なんかは、さーっと帰っちゃうんです。で、あるとき聞いたんですよ。「なんで負けた日は丁寧に取材に応じるのに、自分が活躍した日は帰っちゃうの?」って。そしたら「今日は僕以外にも活躍した人がいるから、そっちに脚光を当ててくれ」って言うんですよ。
ビ:カーッ。なかなか言えないですね、それは。ダメな日は自分で責任を果たして、よかった日は人に譲るんですね。
古:25人で頑張っているんで、みんなのことを書いてほしいって、そういうことをサラッと言うんですよね。こういうキャプテンがいるチームはやっぱり強いだろうなって思いますよね。
ビ:うんうん。そうなんですね、やっぱり。
古:だから松井君とジーターが仲良しだったというのは、よく分かりますよね。
ビ:人格者どうしですね。あのふたりも同じ年なんですよね。僕の生まれた74年。
古:そうですねー。
ビ:74年生まれ、すごいなぁ。あと華原朋美ちゃんも同じ年で(笑)、応援しています。
記者も選手も堂々と向き合うのがアメリカ流
ビ:たとえばイチロー選手なんかは、ときには取材を受けないこともあるわけですか。
古:イチロー選手の場合は、代表質問でやっていた時期もありました。おそらくイチロー選手は、「自分に質問するなら、最低限の勉強をしてきてほしい。そしてレベルの高い話がしたい」という考えなんだと思います。それはそれでプロフェッショナルですよね。
ビ:なるほど。
古:でも松井選手は、それこそ東京スポーツ、日刊スポーツから日経新聞まで、野球に詳しかろうがなんだろうが、話を聞きたいメディアは全部来てくれ、というスタンス。
ビ:ははぁ。だからスポーツ新聞に下ネタも書かれるわけですね(笑)。
古:そうそう(笑)。「新聞記者だって家族がいて、記事を書くことで、ご飯を食べている」と、松井選手はそういう風に考えるタイプなんです。
ビ:そこまで考える野球選手は滅多にいないでしょうねー。
古:そうですね。いろんな選手に会ってきましたけど、ああいう人はなかなかいないですね。
ビ:そうやって、選手ごとの取材に対する考え方を見てきているのも古内さんの武器ですね。なんてコメントしたかっていうことだけじゃなく、人間性みたいなものにも触れているわけですからね。
古:あぁ、そうかもしれないですね。とにかく50人の日本人メジャーリーガーがいたら、50通りです。その多様性は面白いですね。松井選手の登場以降、「ちゃんと取材は受けなきゃいけないんだな」と考えるようになった日本人選手も多いでしょうね。そういう意味でも、松井選手のメジャー移籍は大きかったと思います。
ビ:なるほど。アメリカの場合は、記者のほうも書いていいことと、いけないことの線引きがちゃんとわかっているってことですか。
古:それはありますね。ロッカールームに入れるってことは、どこのブランドの服を着ているのか、携帯電話の機種は何か、パンツの色まで、ぜんぶわかっちゃいますからね。それを記事に書いちゃったら、やっぱりダメですよね。職業に対する倫理観はもちろん、選手との信頼関係が崩れます。
ビ:うーん。いろいろ知るからこそ、どこまで書いたらいいか判断しなくちゃいけないわけですね。
古:はい。アメリカは全部オープンにしている分、こそこそとプライベートを追いかける記者は少ない。もちろんパパラッチみたいな存在やタブロイド紙はありますけど。
ビ:堂々と取材に応じていれば、プライベートを暴かれるようなことはない、と。
古:そうですね。だから丁寧に取材に応じるジーターは、変にマスコミが嗅ぎ回るってことはほとんどなかったと思いますよ。
選手の素晴らしさを自分の言葉で伝える醍醐味!
古:ニューヨークって狭い街なんですよ。マンハッタンなんて世田谷区くらいの面積しかない。そのなかで選手が行くレストランや日本人がよく行く場所は限られているんで、プライベートでもけっこういろんな人に会っちゃうんですよ。
ビ:あぁ、そうなんですか。
古:MBAのスター選手とかヤンキースの選手とか、よく見かけます。でも一般のお客さんたちも、スターのプライベートをリスペクトしているから、お行儀よく接していますね。
ビ:隠れて写メ撮る、なんてことはしないんですか?
古:あぁ、ないですね。ひとりの人間として尊重しています。様子を見ながら「サインをいただけますか」って声をかけてくる場合はありますけど。松井選手なんかは、そういう人たちにもほんとに丁寧に対応しますよ。「紙ナプキンにサインしてくれ」なんて言われてもきちんと書いてあげる。日本食レストランで「割り箸の袋にお願いします」ってのもあったなぁ。あれ、絶対あとで捨てちゃうだろうと思ったけど(笑)。
ビ:まぁ、レストランに行く時に色紙なんて持ってないですもんねー。古内さんは松井選手と何度も食事をしているわけですよね。
古:はい。
ビ:そうすると、当然、野球以外の話も出るわけですよね。それを記事にしたくなっちゃうってことはないんですか?
古:それは書きませんね。選手のオンとオフを察してあげないといけませんね。でも松井選手は一度たりとも人の悪口を言ったことはないですね。審判に対する批判なんかも一切しないです。
ビ:あぁ、やっぱりそうなんですか。
古:あくまで自分を殺して、相手を立てる。あそこまで謙遜して生きている人は日本にもいないでしょうね。ましてニューヨークは他人を蹴落として生きていく街だから、ああいう人間はこれまでいなかったと思います。これまでは「俺はすごいんだぞ。何億円稼いでいるんだぞ」って態度が普通でしたから。
ビ:じゃあ、みんな松井選手の謙虚さに驚いたでしょうね。
古:そうですね。骨折して「チームの力になれずに、申し訳ない。」なんて言う選手はいませんからね。
ビ:いやぁ、すごいですねぇ。そして、そのすごさを伝えるという古内さんの仕事も素晴らしいですね。
古:はい。それこそが、この職業の一番いいところだと思います。歴史の証人として、素晴らしい選手をそばで見て、それを自分なりの言葉で人に伝えることができるっていうのは最高ですね。
松井選手は草野球でも全力投球だった
ビ:選手から「あの記事読んだよ」なんて声をかけられることもあるんですか。
古:ま、選手は忙しいですから、書かれた記事を逐一気にしてはいませんけどね。逆に言ったら、気にしているような選手はダメですね。
ビ:はぁ、そうか。
古:やっぱりスター選手は、小さいことにはこだわらない大らかな人が多いですね。松井君とは草野球もやってましたけど、ワールドシリーズだろうが、草野球だろうが、一生懸命さは同じなんですよ。
ビ:え? 松井選手はニューヨークで草野球やってたんですか?
古:やってました。僕らマスコミの人間とチームを作って。松井選手本人がメーカーに発注してユニフォームも作ってましたよ(笑)。
ビ:ハハハ、マメなんですねぇ、松井選手は。
古:ほんとに野球が大好きなんですよね。
ビ:引退会見のときも「引退と言っても、まだ草野球の予定はあるし」って言ってましたもんね。
古:そうそう。彼は草野球チームでは4番ピッチャーなんですけど、シーズン中から通訳を座らせて投球練習してましたもん(笑)。「膝は痛いけど、肩は絶好調だ」なんて言って。
ビ:ハハハハ。
古:でもメジャー6年目からはほんとに膝が悪くなってしまったんで、やめてましたけど。
ビ:ニューヨークで草野球って、どこでやるんですか?
古:イーストリバーの河川敷とか…。通りすがりの人が「あれ? 松井選手じゃない?」って寄ってきますよ。
ビ:そうなんですか。
古:だいたい15時集合とかね、松井選手に合わせて遅めスタートなんですけど。
ビ:いいですねぇ。松井番の記者っていうのは、ほとんどが野球経験者なんですか?
古:いや、そんなことないですよ。下手な人もいるけど、一緒にやっちゃうんです。松井君のボールを打てるだけで幸せですからね、みんな大騒ぎですよ。
ビ:いやぁ、いい話だなぁ。
「野球が好き」という気持ちは選手にも負けない!
ビ:松井選手は辞めましたけど、これからも書き続けていきますか。
古:そうですね。書く以外にも、テレビやラジオなどいろんな形でメジャーリーグの魅力を伝えていきたいですね。もともと日本人選手が行く前から好きだったので。
ビ:やっぱり「もともと好きだった」というのが最大の原動力ですね。
古:はい。僕は小さい頃からプロ野球選手になりたいと思ってましたけど、その夢は叶わなかった。でも野球が好きだから、どうにかしてその世界に関わっていきたいという思いは強かったですね。だから、「野球が好き」という気持ちはメジャーの選手にだって負けない、と自負しています。
ビ:うーん、そこですよね、すごいのは。
古:そのくらいじゃないとメジャーの選手と会話しても楽しくないですもんね。こちらも聞きたいけど、向こうも僕にいろいろな情報を求めてくる。そのへんは「ギブアンドテイク」じゃないと成立しないと思っています。
ビ:選手のほうから古内さんに聞いてくるって、どんなことですか。
古:たとえば「あの球場は風が強い」とかね。
ビ:あぁ、日本から来たばっかりの選手はメジャーの球場について知らないですもんね。
古:だから、最初はありとあらゆることを教えてあげますよ。「あそこのレストランは、店長さんに電話しておけば遅くなっても開けて待っててくれるよ」とかね(笑)。
ビ:なるほど。そういう関係を築いておいて、いざっていうときに情報がもらえるわけですね。この人なら話してもいいなって思ってもらえる存在でいるってことですね。
古:そうそう。だからロッカールームに入ったときも、ちゃんと挨拶しておかないとね。いつ何時、その選手のコメントが必要になるか分からないですからね。
ビ:なるほどねぇ。ペンを握っているときだけが仕事じゃないんですね、ジャーナリストは。
古:試合前の何気ない会話が大事だったりしますからね。「あれ? あそこで何を話しているんだろ?」って気になったらバーッと近づいていって話を聞かないといけませんから。
ビ:ははぁ。気が抜けないですね。
古:試合前に何球投げたとか柵越え何本とか、そういう細かい情報も日本人は好きですからね(笑)。
ビ:好きですねぇ。知りたいですもん。
古:アメリカ人からしたら「練習で何本柵越えしようが関係ないじゃん」って感じなんですけどね。日本の読者は「何時に球場入り」なんてところから知りたがりますからね。日本の新聞記者たちは大変ですよ。デスクからも「なんでもいいから情報をとってこい」ってハッパをかけられてますから。
ビ:そうなんですね。
古:一度、若い日本人記者のノートを覗き込んだら「松井選手、モミアゲ長い」って書いてありましたもん(笑)。
ビ:アッハッハッハ! そこまで観察してましたか。
最初は小さい仕事から、でも決して手を抜かないこと
ビ:そうすると、スポーツジャーナリストになりたい人にとっては、「スポーツが好き」というのがまず基本ですね。
古:はい。それが大前提でしょうね。
ビ:そのうえで、どうやってプロの階段をのぼっていくか。たとえば「自分でこういう記事を書いてみました」って持って行くのもアリですか?
古:いいと思いますよ。アメリカだとそうやってキャリアをスタートさせる人も多いですから。そういうときに、「この選手のことだったら、誰よりも知っています」という武器があればいいかもしれないですね。
ビ:なるほど。何も実績がない人は「何が書けるの?」って必ず聞かれますもんね。そのときに「この人のことだったら書けます!」って言えるものがあれば使ってもらえるかもしれないと。
古:そうなんです。スクープのネタを持っているとか、ヤンキースのことだったら日本人のなかで誰よりも詳しいです、とかね。そういうのがあると「おっ」って思ってもらえるかもしれないですね。
ビ:それを持って、自分で出版社に売り込みにいけばいいわけですか。
古:はい。営業力も大事ですね。僕も何社もまわって、本の企画を売り込んで、やっと本にしてもらったり…って感じですよ。
ビ:フリーでやっていく場合は、ぜんぶ自分でやらないといけないわけですね。
古:まぁ、日本の場合は、メディアに入って、そこで修行を積んで、いいタイミングでフリーになるっていうやり方が王道でしょうけどね。
ビ:メディアっていうのはスポーツ新聞社とかですか。
古:スポーツ雑誌を出している出版社でもいいし、テレビ局やラジオ局でもいいですよね。最近はネット系のメディアもあります。そこでいろんなスポーツの取材の経験を積むのもひとつの手だと思います。
ビ:あぁ、たとえ野球が好きでも野球にこだわらずに経験を積むってことですね。
古:女子サッカーだって、女性レスリングだって、追いかけたら面白いですからね。逆に追ってる人が少ないマイナーなスポーツに徹底的に取材するのもいいと思います。人と差がつけられますから。
ビ:自分はこれだったら負けない! っていうものを持つことが大事なんですね。
古:そうです。それで原稿を書いて、見てもらって、直されて…という積み重ねですね。最初は小さな仕事だと思うんですけど、それでも絶対に手を抜かずにやることです。
ビ:ははぁ。それは大事ですね。
古:最初から大きな仕事を任されるはずがないんですから。誰だって小さな仕事からスタートしたわけだからね。
最後はぜったいに選手の味方でいるべし
ビ:学生時代のうちから見たり書いたりすることは経験できますね。
古:そうそう。学生さんだって書いちゃえばいいんですから。僕だって、高校生の頃、毎週金曜日に新日本プロレスの中継を見て、そのあと原稿を書いてましたもん。
ビ:え? 感想文?
古:はい。誰に見せる当てもないまま、自分なりに工夫して書いてました(笑)。
ビ:すごいですね。書くのが好きだったんですね。
古:小学校時代に作文を先生に褒められたのが嬉しくて、文を書くことはなんとなく好きでしたね、いま思えば。
ビ:文章を書き慣れてない人は、まずどこから取りかかればいいんでしょうか。
古:うーん…。例えばうちの娘、いま小学校4年生なんですけど、「書きたいことがありすぎて、作文が上手に書けない」って言うんですよ。そういうことかもしれないです。だからまず、「材料はたくさんあるけど、書きたいテーマはこれ」と決めちゃうことが大事ですね。持っている情報をぜんぶ書きたくなっちゃうけど、それだとうまくいかない。だから肉を削ぎ落として、いちばん伝えたいことだけに焦点を当てる。そうすると文章がグッと引き締まりますよ。
ビ:あぁ、そうか。おいしい情報だと思っても、削ぎ落とさなきゃいけないこともあるわけですね。
古:そうなんですよ。それができるかどうか、なんですよね。だから少ない文字数のほうが難しいです。
ビ:ははぁ。素人からすると、文字数が多いほうが大変な気がしますけど…。
古:それからやっぱり、取材していくなかで「これは書いてはいけない」という線引きの問題も出てきます。僕なんかとくに所属先があるわけじゃないフリーの立場ですから、誰も守ってくれませんしね。自分の倫理観で行動しないといけない。
ビ:とはいえ、編集長なんかは「君、知ってることぜんぶ書いてよー」って言うでしょうしね。
古:はい。ま、それにしても核心的なこと、これは言ったらダメだろうって情報は絶対出しませんよ。だって「現時点でこの情報を知っているのは3人しかいない」なんてことになったら、誰が言ったかバレちゃいますからね。
ビ:あぁ。最後はやっぱり選手の味方なんですね。
古:そうですね。結果的に選手をサポートする情報だったら出しますけどね。
ビ:そのへんのさじ加減ですね、難しいのは。
古:選手の成績が悪ければ、当然その理由を探したり、奮い立たせるようなことを書く。僕はヨイショ記事を書くのが仕事ではないんで。ただし、どんなときもリスペクトを忘れてはいけないと思っています。
ビ:そこですよね、古内さんが信頼されているのは。あぁ、今日はほんとにいろいろ勉強になりました。これからも僕たち野球ファンを楽しませてください。
古:はい。ありがとうございました。
ビビる大木(以下、ビ):毎試合ごとに取材に応じているんですよね、松井選手は。
古内義明(以下、古):はい。もうほんとにその部分は野球選手の鏡ですね。これまで50人くらい日本人がメジャーに行きましたけど、毎試合取材に応じたのは松井君だけですね。
ビ:あぁ、そうなんですか。すごいですね。ほかの選手は、試合が終わったあと「俺、今日は取材受けないよ」って帰っちゃうこともあるんですか?
古:別に毎日取材を受けなきゃいけないって、決まっているわけではないんです。僕ら、試合終了後10分経ってからロッカールームに入れるんですけど、その10分の間にさっさと帰ってしまう人もいますよ。
ビ:あ、今日は話を聞かれたくないってときはさっさと帰るんですね。やっぱり自分がミスして負けた日なんかは取材されるの嫌ですもんね。
古:あぁ、それで言うと、やっぱりジーターがすごいんですよ。
ビ:ジーター! ヤンキースのキャプテンですね。
古:ジーターは負けた試合のあとは、必ず取材を受けるんです。20人くらいに取り囲まれて、最後のひとりの質問が終わるまで絶対に動きませんから。
ビ:へぇ!
古:キャプテンとしての責任感でしょうね。
ビ:さすがですねぇ。
古:でも逆に自分が打って勝った日なんかは、さーっと帰っちゃうんです。で、あるとき聞いたんですよ。「なんで負けた日は丁寧に取材に応じるのに、自分が活躍した日は帰っちゃうの?」って。そしたら「今日は僕以外にも活躍した人がいるから、そっちに脚光を当ててくれ」って言うんですよ。
ビ:カーッ。なかなか言えないですね、それは。ダメな日は自分で責任を果たして、よかった日は人に譲るんですね。
古:25人で頑張っているんで、みんなのことを書いてほしいって、そういうことをサラッと言うんですよね。こういうキャプテンがいるチームはやっぱり強いだろうなって思いますよね。
ビ:うんうん。そうなんですね、やっぱり。
古:だから松井君とジーターが仲良しだったというのは、よく分かりますよね。
ビ:人格者どうしですね。あのふたりも同じ年なんですよね。僕の生まれた74年。
古:そうですねー。
ビ:74年生まれ、すごいなぁ。あと華原朋美ちゃんも同じ年で(笑)、応援しています。
記者も選手も堂々と向き合うのがアメリカ流
ビ:たとえばイチロー選手なんかは、ときには取材を受けないこともあるわけですか。
古:イチロー選手の場合は、代表質問でやっていた時期もありました。おそらくイチロー選手は、「自分に質問するなら、最低限の勉強をしてきてほしい。そしてレベルの高い話がしたい」という考えなんだと思います。それはそれでプロフェッショナルですよね。
ビ:なるほど。
古:でも松井選手は、それこそ東京スポーツ、日刊スポーツから日経新聞まで、野球に詳しかろうがなんだろうが、話を聞きたいメディアは全部来てくれ、というスタンス。
ビ:ははぁ。だからスポーツ新聞に下ネタも書かれるわけですね(笑)。
古:そうそう(笑)。「新聞記者だって家族がいて、記事を書くことで、ご飯を食べている」と、松井選手はそういう風に考えるタイプなんです。
ビ:そこまで考える野球選手は滅多にいないでしょうねー。
古:そうですね。いろんな選手に会ってきましたけど、ああいう人はなかなかいないですね。
ビ:そうやって、選手ごとの取材に対する考え方を見てきているのも古内さんの武器ですね。なんてコメントしたかっていうことだけじゃなく、人間性みたいなものにも触れているわけですからね。
古:あぁ、そうかもしれないですね。とにかく50人の日本人メジャーリーガーがいたら、50通りです。その多様性は面白いですね。松井選手の登場以降、「ちゃんと取材は受けなきゃいけないんだな」と考えるようになった日本人選手も多いでしょうね。そういう意味でも、松井選手のメジャー移籍は大きかったと思います。
ビ:なるほど。アメリカの場合は、記者のほうも書いていいことと、いけないことの線引きがちゃんとわかっているってことですか。
古:それはありますね。ロッカールームに入れるってことは、どこのブランドの服を着ているのか、携帯電話の機種は何か、パンツの色まで、ぜんぶわかっちゃいますからね。それを記事に書いちゃったら、やっぱりダメですよね。職業に対する倫理観はもちろん、選手との信頼関係が崩れます。
ビ:うーん。いろいろ知るからこそ、どこまで書いたらいいか判断しなくちゃいけないわけですね。
古:はい。アメリカは全部オープンにしている分、こそこそとプライベートを追いかける記者は少ない。もちろんパパラッチみたいな存在やタブロイド紙はありますけど。
ビ:堂々と取材に応じていれば、プライベートを暴かれるようなことはない、と。
古:そうですね。だから丁寧に取材に応じるジーターは、変にマスコミが嗅ぎ回るってことはほとんどなかったと思いますよ。
選手の素晴らしさを自分の言葉で伝える醍醐味!
古:ニューヨークって狭い街なんですよ。マンハッタンなんて世田谷区くらいの面積しかない。そのなかで選手が行くレストランや日本人がよく行く場所は限られているんで、プライベートでもけっこういろんな人に会っちゃうんですよ。
ビ:あぁ、そうなんですか。
古:MBAのスター選手とかヤンキースの選手とか、よく見かけます。でも一般のお客さんたちも、スターのプライベートをリスペクトしているから、お行儀よく接していますね。
ビ:隠れて写メ撮る、なんてことはしないんですか?
古:あぁ、ないですね。ひとりの人間として尊重しています。様子を見ながら「サインをいただけますか」って声をかけてくる場合はありますけど。松井選手なんかは、そういう人たちにもほんとに丁寧に対応しますよ。「紙ナプキンにサインしてくれ」なんて言われてもきちんと書いてあげる。日本食レストランで「割り箸の袋にお願いします」ってのもあったなぁ。あれ、絶対あとで捨てちゃうだろうと思ったけど(笑)。
ビ:まぁ、レストランに行く時に色紙なんて持ってないですもんねー。古内さんは松井選手と何度も食事をしているわけですよね。
古:はい。
ビ:そうすると、当然、野球以外の話も出るわけですよね。それを記事にしたくなっちゃうってことはないんですか?
古:それは書きませんね。選手のオンとオフを察してあげないといけませんね。でも松井選手は一度たりとも人の悪口を言ったことはないですね。審判に対する批判なんかも一切しないです。
ビ:あぁ、やっぱりそうなんですか。
古:あくまで自分を殺して、相手を立てる。あそこまで謙遜して生きている人は日本にもいないでしょうね。ましてニューヨークは他人を蹴落として生きていく街だから、ああいう人間はこれまでいなかったと思います。これまでは「俺はすごいんだぞ。何億円稼いでいるんだぞ」って態度が普通でしたから。
ビ:じゃあ、みんな松井選手の謙虚さに驚いたでしょうね。
古:そうですね。骨折して「チームの力になれずに、申し訳ない。」なんて言う選手はいませんからね。
ビ:いやぁ、すごいですねぇ。そして、そのすごさを伝えるという古内さんの仕事も素晴らしいですね。
古:はい。それこそが、この職業の一番いいところだと思います。歴史の証人として、素晴らしい選手をそばで見て、それを自分なりの言葉で人に伝えることができるっていうのは最高ですね。
松井選手は草野球でも全力投球だった
ビ:選手から「あの記事読んだよ」なんて声をかけられることもあるんですか。
古:ま、選手は忙しいですから、書かれた記事を逐一気にしてはいませんけどね。逆に言ったら、気にしているような選手はダメですね。
ビ:はぁ、そうか。
古:やっぱりスター選手は、小さいことにはこだわらない大らかな人が多いですね。松井君とは草野球もやってましたけど、ワールドシリーズだろうが、草野球だろうが、一生懸命さは同じなんですよ。
ビ:え? 松井選手はニューヨークで草野球やってたんですか?
古:やってました。僕らマスコミの人間とチームを作って。松井選手本人がメーカーに発注してユニフォームも作ってましたよ(笑)。
ビ:ハハハ、マメなんですねぇ、松井選手は。
古:ほんとに野球が大好きなんですよね。
ビ:引退会見のときも「引退と言っても、まだ草野球の予定はあるし」って言ってましたもんね。
古:そうそう。彼は草野球チームでは4番ピッチャーなんですけど、シーズン中から通訳を座らせて投球練習してましたもん(笑)。「膝は痛いけど、肩は絶好調だ」なんて言って。
ビ:ハハハハ。
古:でもメジャー6年目からはほんとに膝が悪くなってしまったんで、やめてましたけど。
ビ:ニューヨークで草野球って、どこでやるんですか?
古:イーストリバーの河川敷とか…。通りすがりの人が「あれ? 松井選手じゃない?」って寄ってきますよ。
ビ:そうなんですか。
古:だいたい15時集合とかね、松井選手に合わせて遅めスタートなんですけど。
ビ:いいですねぇ。松井番の記者っていうのは、ほとんどが野球経験者なんですか?
古:いや、そんなことないですよ。下手な人もいるけど、一緒にやっちゃうんです。松井君のボールを打てるだけで幸せですからね、みんな大騒ぎですよ。
ビ:いやぁ、いい話だなぁ。
「野球が好き」という気持ちは選手にも負けない!
ビ:松井選手は辞めましたけど、これからも書き続けていきますか。
古:そうですね。書く以外にも、テレビやラジオなどいろんな形でメジャーリーグの魅力を伝えていきたいですね。もともと日本人選手が行く前から好きだったので。
ビ:やっぱり「もともと好きだった」というのが最大の原動力ですね。
古:はい。僕は小さい頃からプロ野球選手になりたいと思ってましたけど、その夢は叶わなかった。でも野球が好きだから、どうにかしてその世界に関わっていきたいという思いは強かったですね。だから、「野球が好き」という気持ちはメジャーの選手にだって負けない、と自負しています。
ビ:うーん、そこですよね、すごいのは。
古:そのくらいじゃないとメジャーの選手と会話しても楽しくないですもんね。こちらも聞きたいけど、向こうも僕にいろいろな情報を求めてくる。そのへんは「ギブアンドテイク」じゃないと成立しないと思っています。
ビ:選手のほうから古内さんに聞いてくるって、どんなことですか。
古:たとえば「あの球場は風が強い」とかね。
ビ:あぁ、日本から来たばっかりの選手はメジャーの球場について知らないですもんね。
古:だから、最初はありとあらゆることを教えてあげますよ。「あそこのレストランは、店長さんに電話しておけば遅くなっても開けて待っててくれるよ」とかね(笑)。
ビ:なるほど。そういう関係を築いておいて、いざっていうときに情報がもらえるわけですね。この人なら話してもいいなって思ってもらえる存在でいるってことですね。
古:そうそう。だからロッカールームに入ったときも、ちゃんと挨拶しておかないとね。いつ何時、その選手のコメントが必要になるか分からないですからね。
ビ:なるほどねぇ。ペンを握っているときだけが仕事じゃないんですね、ジャーナリストは。
古:試合前の何気ない会話が大事だったりしますからね。「あれ? あそこで何を話しているんだろ?」って気になったらバーッと近づいていって話を聞かないといけませんから。
ビ:ははぁ。気が抜けないですね。
古:試合前に何球投げたとか柵越え何本とか、そういう細かい情報も日本人は好きですからね(笑)。
ビ:好きですねぇ。知りたいですもん。
古:アメリカ人からしたら「練習で何本柵越えしようが関係ないじゃん」って感じなんですけどね。日本の読者は「何時に球場入り」なんてところから知りたがりますからね。日本の新聞記者たちは大変ですよ。デスクからも「なんでもいいから情報をとってこい」ってハッパをかけられてますから。
ビ:そうなんですね。
古:一度、若い日本人記者のノートを覗き込んだら「松井選手、モミアゲ長い」って書いてありましたもん(笑)。
ビ:アッハッハッハ! そこまで観察してましたか。
最初は小さい仕事から、でも決して手を抜かないこと
ビ:そうすると、スポーツジャーナリストになりたい人にとっては、「スポーツが好き」というのがまず基本ですね。
古:はい。それが大前提でしょうね。
ビ:そのうえで、どうやってプロの階段をのぼっていくか。たとえば「自分でこういう記事を書いてみました」って持って行くのもアリですか?
古:いいと思いますよ。アメリカだとそうやってキャリアをスタートさせる人も多いですから。そういうときに、「この選手のことだったら、誰よりも知っています」という武器があればいいかもしれないですね。
ビ:なるほど。何も実績がない人は「何が書けるの?」って必ず聞かれますもんね。そのときに「この人のことだったら書けます!」って言えるものがあれば使ってもらえるかもしれないと。
古:そうなんです。スクープのネタを持っているとか、ヤンキースのことだったら日本人のなかで誰よりも詳しいです、とかね。そういうのがあると「おっ」って思ってもらえるかもしれないですね。
ビ:それを持って、自分で出版社に売り込みにいけばいいわけですか。
古:はい。営業力も大事ですね。僕も何社もまわって、本の企画を売り込んで、やっと本にしてもらったり…って感じですよ。
ビ:フリーでやっていく場合は、ぜんぶ自分でやらないといけないわけですね。
古:まぁ、日本の場合は、メディアに入って、そこで修行を積んで、いいタイミングでフリーになるっていうやり方が王道でしょうけどね。
ビ:メディアっていうのはスポーツ新聞社とかですか。
古:スポーツ雑誌を出している出版社でもいいし、テレビ局やラジオ局でもいいですよね。最近はネット系のメディアもあります。そこでいろんなスポーツの取材の経験を積むのもひとつの手だと思います。
ビ:あぁ、たとえ野球が好きでも野球にこだわらずに経験を積むってことですね。
古:女子サッカーだって、女性レスリングだって、追いかけたら面白いですからね。逆に追ってる人が少ないマイナーなスポーツに徹底的に取材するのもいいと思います。人と差がつけられますから。
ビ:自分はこれだったら負けない! っていうものを持つことが大事なんですね。
古:そうです。それで原稿を書いて、見てもらって、直されて…という積み重ねですね。最初は小さな仕事だと思うんですけど、それでも絶対に手を抜かずにやることです。
ビ:ははぁ。それは大事ですね。
古:最初から大きな仕事を任されるはずがないんですから。誰だって小さな仕事からスタートしたわけだからね。
最後はぜったいに選手の味方でいるべし
ビ:学生時代のうちから見たり書いたりすることは経験できますね。
古:そうそう。学生さんだって書いちゃえばいいんですから。僕だって、高校生の頃、毎週金曜日に新日本プロレスの中継を見て、そのあと原稿を書いてましたもん。
ビ:え? 感想文?
古:はい。誰に見せる当てもないまま、自分なりに工夫して書いてました(笑)。
ビ:すごいですね。書くのが好きだったんですね。
古:小学校時代に作文を先生に褒められたのが嬉しくて、文を書くことはなんとなく好きでしたね、いま思えば。
ビ:文章を書き慣れてない人は、まずどこから取りかかればいいんでしょうか。
古:うーん…。例えばうちの娘、いま小学校4年生なんですけど、「書きたいことがありすぎて、作文が上手に書けない」って言うんですよ。そういうことかもしれないです。だからまず、「材料はたくさんあるけど、書きたいテーマはこれ」と決めちゃうことが大事ですね。持っている情報をぜんぶ書きたくなっちゃうけど、それだとうまくいかない。だから肉を削ぎ落として、いちばん伝えたいことだけに焦点を当てる。そうすると文章がグッと引き締まりますよ。
ビ:あぁ、そうか。おいしい情報だと思っても、削ぎ落とさなきゃいけないこともあるわけですね。
古:そうなんですよ。それができるかどうか、なんですよね。だから少ない文字数のほうが難しいです。
ビ:ははぁ。素人からすると、文字数が多いほうが大変な気がしますけど…。
古:それからやっぱり、取材していくなかで「これは書いてはいけない」という線引きの問題も出てきます。僕なんかとくに所属先があるわけじゃないフリーの立場ですから、誰も守ってくれませんしね。自分の倫理観で行動しないといけない。
ビ:とはいえ、編集長なんかは「君、知ってることぜんぶ書いてよー」って言うでしょうしね。
古:はい。ま、それにしても核心的なこと、これは言ったらダメだろうって情報は絶対出しませんよ。だって「現時点でこの情報を知っているのは3人しかいない」なんてことになったら、誰が言ったかバレちゃいますからね。
ビ:あぁ。最後はやっぱり選手の味方なんですね。
古:そうですね。結果的に選手をサポートする情報だったら出しますけどね。
ビ:そのへんのさじ加減ですね、難しいのは。
古:選手の成績が悪ければ、当然その理由を探したり、奮い立たせるようなことを書く。僕はヨイショ記事を書くのが仕事ではないんで。ただし、どんなときもリスペクトを忘れてはいけないと思っています。
ビ:そこですよね、古内さんが信頼されているのは。あぁ、今日はほんとにいろいろ勉強になりました。これからも僕たち野球ファンを楽しませてください。
古:はい。ありがとうございました。