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Columnコラム

中日新聞 松井秀喜 2013/11/21
エキストライニングズ(18) 技の形より思考学べ
 プロ野球選手は充実した指導陣に囲まれ、整った施設で練習に専念できる。加えて大きいのは一流選手とプレーできることだ。周りの選手を見て学ぶことは多い。

 僕の場合はプロ二年目に落合さん(中日ゼネラルマネジャー)が中日から巨人に移籍してきて同僚となった。なぜ選球眼がいいのか、なぜ逆方向に打球を飛ばせるのか、球界最高のスラッガーのことを少しでも知りたくて打撃を見続けた。

 身近で見て分かったことを一言で表すと、とにかく人より長くボールを見ていた。テークバックが深く、体も捕手寄りに残したまま最後までバットを振りださない。時間的にもボールが動く距離という点でも、誰よりも長く見ていた。

 神主打法と言われた構え。そこにヘッドが投手側に倒れないバットさばきや独特のアウトステップなどまねのできない動きが加わる。僕と見た目はまったく違う。でも長打力があり、選球眼が良く、三振が少ない打撃は僕が理想とするもの。同じ方向を目指したいと思った。

 形だけ見ると、その人の思考に気が付くことはできない。例えば落合さんと大リーグのホームラン打者ボンズのフォームはまったく違うが、打撃のコンセプトは同じ。打つべきポイントに球が来るまで絶対前に出ない。二人は全然違う形で同じことをやり遂げている。

 だから実際に落合さんに打撃を教わって、形をまねようとしたら駄目だと思った。三冠王三度の打撃を支える思考をどう自分に応用するか。落合さんが意識していることを自分に当てはめ、打席で表現できるかだった。

 落合さん自身が野球を突き詰めて考え、独特の打撃を完成させたからこそ、見て得るものが大きかったのだろう。自分が正しいという絶対的自信がないと、あれだけ人と違う形を貫くことはできない。技術だけでなく、そういう意味でも特別な存在だったと思う。 (元野球選手)
中日新聞 松井秀喜 2013/11/07
エキストライニングズ(17) 教え上手 教われ上手
 今年もプロ野球のドラフト会議で将来が楽しみな選手が多く指名された。皆プロの壁にぶつかることはあるだろう。僕も最初は対応できなかった。それを乗り越える鍵は、恵まれた環境を無駄にしない感性だと思う。

 プロに入ると個人的な指導を受ける機会が増える。まず言葉を発した人の意図と自分の受け止め方が必ずしも同じではないということを頭に入れた方がいい。言葉を漠然と受け入れるのでなく、自分で解釈して具体化しないとアドバイスは身にならない。

 例えばタイミングが「早い」と言われたとき、コーチがどの部分を見て、どれくらいの誤差を指摘しているのか。指導者の感覚を自分に当てはめないと、意図は理解できない。教え上手という言葉があるが、教わり上手もあると思う。教わる側も力を試されている。

 教え上手な人は、自分を選手に置き換えて見られる人だと思う。外から見た目でしか教えられないと「何で分からないんだ」となる。そこがコーチと選手の溝となる。要は互いに相手の視点からものを見ようとする姿勢があれば、意図は伝わるということだ。

 指導者が圧倒的に強い立場にいて従うのが当たり前だと、どうしても意図は伝わりにくくなる。日本のスポーツ界はこれまでそういうケースが多かったのではないか。

 僕はプロ入りまで特別な打撃指導を受けたことがなかった。ボールをよく見るとか一般的なことだけ。一対一の指導という意味では巨人での長嶋茂雄監督が初めてだった。

 監督の意図することはすぐに分かった。必ずしも高い要求に応えられたわけではないが、求めを理解できなかったことはない。それは長嶋監督が選手の視点を持っていたからだろう。別世界に入り込んだような表情で僕のスイングを見つめていた監督は、松井秀喜という選手に同化して一緒にバットを振っていたのだと思う。 (元野球選手)