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Columnコラム

中日新聞 松井秀喜 2013/10/24
エキストライニングズ(16) 絶対的投手 10月の鍵
 大リーグはポストシーズンの真っ盛りだ。昨年までは敗退すると気持ちが野球からふっと離れる感じで、あまりテレビを見なかった。プレーすることがなくなり、初めて落ち着いて見ている。

 ポストシーズンは運に左右されると言われる。だが短期決戦とはいえ、僕は強い者が勝つと思う。結果的に勝った者が強いのではない。頂点に立った二〇〇九年のヤンキースは、やはり所属したチームで一番強かった。

 総合力の高いチームが残る。その中で勝ち抜く条件を一つだけ挙げるなら、中心となる投手の存在だろう。ワールドシリーズで敗れた〇三年は十五勝以上が四人いたが、一人が絶対的存在になる感じはなかった。〇九年はサバシアが飛び抜けていた。

 十月は移動日が多く先発投手が少なくて済む。短期決戦といっても最後まで行けば一カ月ある。軸が決まっていればチームに安心感があるし、投げて勝敗がどうであれ、プランが確立してベンチは助かるのではないか。

 個人的には一年目からいい状態でポストシーズンに臨めた。〇三年はプレーオフで鍵となる安打を何本か打ち、ワールドシリーズでは二本の決勝打。勝負強いと言ってもらえた。ただなぜ打てたかは、自分でも分からない。ワールドシリーズのMVPに選ばれた〇九年も含め、六度のポストシーズンで普段の自分との違いは感じなかった。

 実は〇四年のリーグ優勝決定シリーズで僕は「幻のMVP」だった。三連勝で迎えた第四戦の試合中、シリーズ10打点の僕が選ばれる予定で、記者会見の段取りが進められていたという。だが九回に追い付かれ延長戦で敗戦。第五戦も延長戦を落とし、結局四連敗で敗退した。もちろん当時は知らず、後で聞いた話だ。

 残念ではあった。ただあの時勝ったら、その後が同じだったかは分からない。自分にとって最後のポストシーズンとなった〇九年が最高のものになったのだから、〇四年はあれで良かったのだと思っている。 (元野球選手)
中日新聞 松井秀喜 2013/10/10
エキストライニングズ(15) 魔球武器 最高の抑え
 ヤンキースのリベラ投手の引退式典に出席し、あらためて存在の大きさを感じた。素晴らしい選手は多数いて「最高」という言葉は軽々しく使えないが、抑え投手に関しては彼が最高と言える。

 四十三歳の今季、六十四試合に投げて四十四セーブ。ほぼ完璧なレベルを保ち続けた。同僚からあれほど安心感を持って見られていた投手はいないと思う。

 投げるのはほとんどカットボール。あれだけコントロールがいいと、一つで済むのだろう。ほかのものはいらない。制球力を武器に一つの球種で攻めのバリエーションを無数につくってしまう。

 僕はヤンキースを離れてから三度対戦し、あらためて制球力とカットボールの切れを実感した。真ん中だと思って振れば内角のボール球。大きく外れたと思うと外角のストライク。しかも投げた瞬間はすべて真っすぐに見える。頭で認識していても体で反応するのは難しいと分かった。唯一の安打はバットを折られ右前に落ちた打球だった。

 マリナーズの抑えで活躍した佐々木主浩さんも速球とフォークボールと少ない球種で勝負した。制球の良さは共通している。いくら球種が多くても甘ければ打たれるし、制球力があれば決め球一つで絶対的な抑えになれるということだ。

 投球以外でリベラを際立たせていることが一つある。大投手と言われる人はチームで気を使われていて、相手からも怖がられる人が多い。だが彼には人を威圧する空気がない。試合中ですら静かで威圧感はない。怖がられるどころか誰からも慕われ、今季は敵地で何度も引退セレモニーがあったほどだ。独特のものと言うしかない。

 人となりを紹介するのに、意外な一面を挙げることがあるが、リベラにはそういう瞬間がなかった。それほど何があっても変わらなかった。抑えというのは精神的に安定した人でないとできないのだな、とつくづく思う。 (元野球選手)